山の端さっど

小説、仮想世界日記、雑談(端の陽の風)

我がモノ電子歌姫の「外の人」48

『ーーグチャまほ流、魔「法」陣の片付け方!』
『さ、3回目っ』
『あ〜あ、今日は君の散らかし癖のせいでお姉さん酷い目に遭ったな〜。子供でもユニコーンの召喚は大魔法なんだよ?』
『うっ……ごめんなさい……』
『ってわけで今日はやるわよ、地味にど〜しよ〜もないって思いがちな本棚。片付けちゃうから! 本当は1日でやるようなものじゃないんだけど……この家本棚大きいから……』
『ごめんね?』
『じゃあとりあえず、全部本出しちゃおっ! そ〜れっ!』

『--っはい、ここ! めちゃくちゃ僕の大好きなシーンです! 魔法で一気に本棚から本を取り出してとりあえず空中に整列! 作画も最高! 漫画告知用の短編アニメなのに全く手を抜かず原作の勢いのままワクワクさせてくれるシーンだよね!』

 良い音を立ててドロイドが手を叩く*1

『--今日はこれを実験で再現します! 魔法使いカロさんだよ。どういう事かって? まあとりあえず助手くんたち入ってきてー!』

 仕切りの後ろに控えていた人が並んで出ていく。……僕も後に続いた。ドロイドが僕の方を向いてウインクした気がしたけれど気のせいだ。

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『--いやあお疲れ様! ありがとね、ボランティアに来てくれて』
「いえ」

 AIアーティストKAROの活動のいくつかは公共事業だ。それこそ、パフォーマンスイベントのアシスタントが一部、街のボランティア活動で募集されるような。
 つまり、今僕の隣で撤収作業を一緒にしている白衣風のドロイドの中身は、白田さんだ。
 白田寛ロク、はアーティスト以外としての活動名だけれど、正直使い分けは彼の気分次第だ*2

「あの、一応お聞きしたいのですが」
『--そうだよ! このボランティアのメンバーに君をリクエストしてもらってる。見逃さないように告知メッセも来たでしょ』
「……そういうシステムがある事も今回初めて知りました……」
『--裏でね。僕らはたまに使うよ。評価の高いボランティアって重宝されてるから、重めの案件はそういう人間くんメインに絞って情報公開したりね』

 あまり聞きたくなかった話だ。
 科学啓発イベントくらいなら誰でもボランティア参加できるらしい。かなり安全に配慮されているし、そもそも僕の評価はさほど高くないだろう*3。ちなみに今回は、漫画・アニメ作品から学ぶ科学、がテーマのイベントだ*4。ストーリーに合わせて配置されていた大量のユニコーンのぬいぐるみをふたりで回収していく。

『--今日は話があったんだけど、その前に君』
「はい?」
『--何か話がありそうだからさ。先に言っちゃって』
「いえ、話というほどでは」

 わざわざ話したかったわけではない。

『--じゃあ尚更、今言うべきだよ。人間の脆弱性って基本「ちゃんと言っておけば」と「あの時言っておけば」だからね』
脆弱性
『--ぜいじゃくせーい。ね?』

 ……駆動音を微妙に弄って揺らすのはやめて欲しい。やたらと焦らされる音だ*5

「……本当に、白田さんにお伝えすることではないのですが」
『--うんうん』
「ベティフラに泣かれました」
『--うん?!?!』



 前回のベティフラの日だ。
 ベティフラは僕の身体で映画を観ている最中ずっと楽しそうだったし、感覚的には、泣かせてくるタイプの映画ではなかったし、ベティフラの境遇にさほど重なる登場キャラクターも居ないと思う。視聴環境も快適なポッドだった。
 だから多分、一時の感情の揺れで発露した涙ではない。

「『……ね、ヒマワリ。本当にもう止めてちょうだいね』」
(「ベティ、フラ……」)
「『あたし以外と、二度と接続しないで?』」

 柔らかい笑み。焦りは少しも感じられない声色だった。けれど、鼓動がとても速い。
 それで。静かに涙を流すベティフラに、僕はろくな返事も返せなかった。



『--ベティフラがそんな事を?!』
「……ですので、その」
『--いやいや、これはしょうがないね……。僕も自称娘の涙には勝てない。うん勝てないさ』
「あの……」
『--あーあ、引き下がらないとなー。娘が可愛いばっかりに自称お義父さんはなー』
「すみません」
『--いやいや、謝るべきは僕らだよ。君には自由があるのにさ』
「はい?」

 白田さんはドロイドの口を笑ませた。

『--だって、ベティフラが望もうが僕が何しようが、どのシステムと接続するかは君の自由じゃないかい』
「そ……れは」
『あくまで、君が許可したから関係性上娘は君を好きにしてるんだし』
「言い方に悪意と……いえ、誤解がありませんか」

 関係性上娘という言い回しも混乱する。

『--誤解じゃないよ。いやね、残念だなと思っただけさ』

 と言うわりに、陽気なリズムだ。駆動音が。

『--だって僕いい感じに皆ハッピーになりそうな計画立ててたのに! ついでに僕がもっと好き勝手できちゃうようになるように! 立ててたんですー』
「は、はあ」
『--でもベティフラが泣くんじゃダメじゃん。あーあ、立て直しだよ』
「そ、それはまた」
『--分かってくれる? 概念上義理息子君』
「誤解があります」

 語弊がある。

『--まあ、じゃ僕からの話はいったん無し! 今日はただ雑談して楽しかった日って事にしようか。ボックスにぬいぐるみまとめちゃって』
「はい……」

 ……納得がいかないまま、しばらく作業を続ける。

「こちら作業終わりました」
「お疲れ様です。あ」

 たまたま話しかけたボランティアスタッフが僕をじっと見た。
 どこかで会ったことがある気がする。思い出せないほどに忘れてはいけないタイミングで。

「……あ、前にラボを見学に来た方ですね」
「そうです! あの時はありがとうございました」

 思い出せて良かった。改めて挨拶を交わす。
 ……この人は白田さん顔馴染みのボランティアメンバーだろうか。それこそ「評価の高い」。

「?」

 まだ見られている。

「握手しませんか」
「? はい」

 握手。そういえば年末に白田さんとしたきりだ。だから何ということもないけれど。笑顔もなんとなく白田寛ロクのアバターのイメージと被って見えた。

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次話
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*1:厳密には、動作に合わせてクラップ音を入れているだけで手のひらが触れてもいないらしい

*2:いわゆるAI、汎用人工知能の「気分」は定義が難しい。特に、ベティフラ式AI基盤の導入はるか以前から活動していた白田さんには、擬似性格システム期がある。厳密な演算と一部のみの乱数で生み出されていたに過ぎないものを「気分」と呼ぶのは僕らの常識では難しいが、当時最も「感情的」だとされていたのは白田寛ロクだった。今の限りなく生物のものに近いとされる変換システムも、ただの演算と呼ぶ向きもある

*3:ボランティア活動への参加頻度がまず低い

*4:扱う作品は『グチャまほ』。汚部屋でたまたま構成された魔法陣から召喚されてしまった不完全悪魔と一人暮らし青年の日常コメディ漫画の通称。来年初アニメ化予定だが、同制作陣の手によるショートアニメが既に何本か公開されている

*5:感覚優位表現。より正確な認知表現をするならば、一般的に安心感を与えにくい基音に誤差レベルで音程を微かに寄せたり意図しなければ出ない細密度で振動数を不安定にしている。悪意があるというほどのものではない。まるで音楽だ