「『……嫌ーだなあ』」
ベティフラがここまで言うのは珍しい。言うまでもなく、全ての感情プログラムを自己制御できる完全AIの彼女に処理演算が手間だと表に出す必要はないからだ。
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前話(51話)
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「『面倒だって言ってるんじゃないわ。嫌なの。ねえヒマワリ、何か出して』」
(「ええと……今週リリースされた曲の中に『ライムエード』は何度出てきますか」)
「『17回。表記揺れ含めると20回。変な質問するのねー。今月世界で2人しかその検索した人居ないわよ』」
(「そうですか……」)
『--えー、何を出したんですか? ヒマワリさん何ですって?』
「『……』」
ベティフラはまた黙り込んだ。独特な駆動音を発するドロイドは、『--音声伝達しか出来ない非効率さって面白いんでしょうか』と首を傾げる仕草を見せた*1。わざとらしく。
……今のは表現に故意な感情優位性があった。起動から30日程度、旧AIモデルからベティフラモデルへ移行中のAI人格システムが、正確にベティフラ式の人体動作を操作するのは無理がある。慣れていない人間が電脳空間でアバターを動かす際に起きがちな、大げさな身振りになっているのだろう*2。わざとらしい、なんて表現するのは失礼だった。
ガフ・マコット、日本名のニュアンスを含ませれば雅風マコト。ベティフラ始動の50年ほど前まで現役だった旧モデルの電子歌姫のことを、僕は恥ずかしながら知らなかった。
恥ずかしながら、だ。AI人格の基盤となった人間、風雅マスコット*3は当時きわめて有名なアーティストだった。その人の歌声や人格を継いだガフも、当時の現行AI基盤が違法と定められ、一時停止するまで*4はベティフラのような有名人だった……そうだ。僕が耳遠いだけで、知っている人もいる話だ。
そして最近、数々の検証や現行AIの基盤置換え事例を経て、とうとうガフのAIモデル置換えと再起動が決まった。先日発表されたばかりで、完全な「歌姫の復活」には半年以上掛かる。
だから、今ここで、僕の身体を使っているベティフラの目の前で笑顔を見せて話しかけてきている試運転AI人格は、まだ皆には公開されていないものだ。
『--ほら、ベティフラ先輩になるわけですし、挨拶は必要でしょう? ヒマワリさんとも』
「『まさか! 貴方が大先輩よ。それにヒマワリは関係無いわ』」
……居心地が悪いけれど、無関係とはいかないだろう。どんな事情があるのか知ることはないだろうけれど、少なくともガフは、僕とベティフラの関係を明かされたのだ。
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次話
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*1:人型ドロイドにはボディランゲージ機能が必ず搭載されている。初期モデル開発段階では、機能だけを考えれば不要な複雑な関節動作のために完成がひと月遅れたそうだ。それだけ当時重視された要素らしい
*2:身体の動きとデバイスの反映する動きとのラグを過剰に認知し、大きく身体を動かすことで望んだ動きを反映できると無意識に思ってしまう。初めての人は誰しもそうなる。僕の身体を用いて初めて電脳空間にデバイス接続した時のベティフラもそうだった
*3:アーティスト名。ハスキーボイスが特徴的
*4:AIシステム停止は義務や強制されたものではなかった。だから、システム移行前の旧式AIモデルで今稼働中のものが悪いわけではない。あくまでガフの停止は、風雅マスコットその人とガフとの協議の上自主的に決定、実行に至った事らしい。クリーンなAI基盤への置換えも当時から同意していた