『--やっほー、ヒマワリくん。僕だよ、白田寛ロク*1。突然だけど明日ってジムの予定が潰れた日*2だよね? 研究室行く前に僕とフォーチュンドリンク遊びしない?』
……そうメッセージが来たのは、夜遅くだった。
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前話(53話)
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『--君がいてよかった〜。いやさ、ドロイドが飲めない飲料頼むのって自分も周囲も不幸せになるじゃない。観察記録が済んだら飲んでくれる人間くんがいると助かるんだよねー』
「良かったです……?」
白田さんはご機嫌だ。今日は街清掃ドロイドを使って、僕の手元のカップを覗き込んでいる。
きめ細やかに泡立てられたドリンク(今回はココア)の奥に、まだ見えないが様々な建物の形をした立体構造体が沈んでいる。海中ならぬ、「泡中(フォーチュン)都市」ドリンク、という趣旨らしい。
この構造体は、飲み進めると全体像が見えてくるが、しっかりとした構造でカップの底に固着しているため軽く洗った程度では崩れない。カップを持ち帰って何度か使ったり、飾ってしばらく放置しておく事で構造の崩壊が進み、建物の中に入っている占いアイテムを取り出すことができるようになる。
『--それじゃ、そろそろ飲み干しちゃって』
「はい」
観察されながらは飲みづらい。
『--そういえばハロウィン昼にお出かけしたんだってね。多かった?』
「……多かった、です」
『--だろうねえ』
主語が無い質問の意図がいつも分かるわけではありません、と目で訴えてみるが、伝わったか分からない。
とにかくココアを飲み終えて、ピラミッドのような外形にまとわりついた泡を洗ってもらう。これはカフェの席に備え付けられた洗浄ケースにカップを収めると無料でやってくれるようになっている。再度取り出すと、古代の神殿のようなデザインが現れた。
『--よーし、出てきた。かき混ぜるなって書いてあるけどスプーン当てだくらいじゃ全然崩れないね』
「あの……」
『--実験するぞー』
「あの」
当然街内持ち込み許可はあるのだろうけれど、薬品と器具を納めたケースを取り出されるとドキドキしてしまう。
『--うーん、崩せるけどもう少し派手に壊したいな。あ、これとこれ混ぜちゃおうかな』
不安になってきた時、白田さんは手を止めた。
『--あ、向こうに警邏職員DZ -ノ26番くんいるじゃん』
「え?」
灰色さん。色々あって見かけるのは久しぶりな気がする。
それより、ドロイドと一緒にいる所を見られるのは大丈夫だろうか。ベティフラが出てきていないから、このままでも大丈夫か。
『--彼って、ガフ・マコット*3の大ファンくんだよねえ』
「はい?」
咄嗟にホログラムを服に表示させていた。ほんの少し個人の体型や顔が見えにくくなる、遮蔽に気づかれにくいタイプのものだ。レイニーグレールの帽子*4を参考に支子さんが作成してくれた。
「す、みません、そうなんですか」
『--焦らなくても大丈夫だと思うけどなあ。あ、でもガフには気をつけてね』
「は……」
『ガフはねー、まあもうベティフラと一緒に会った事あるならいいか。悪い子じゃないんだけどね、過去が複雑でさ。風雅マスコット*5くんも全然、いや全く悪い子じゃないんだけど』
何というか。
隠れながらする話としては不適切ではないだろうか。
『--そうじゃなくてさー、うん、ヒマワリくんって『AGI*6になりたい人間』が居るの理解できる?』
理解?
「はい、時々聞きます」
『--あっ抵抗ないんだ』
「その……研究職の方に多い気がします。疲労なく休憩なく際限なく研究したいと」
『--あ、そっちか!』
白田さんは首を捻った。
『--僕が言ってるのはね、AIの「人間になりたい!」みたいな、不可逆な欲望の話』
「……長生きや疲労の見かけ上キャンセルを目的としない、けれどAIになりたいという感情ですか?」
白田さんは曖昧な表情を作って微笑んで、その先は言わない。
神殿の屋根が崩れて、中から紫の人工石が現れた。
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次話
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*1:しろたかんろく、英名・アーティスト名KARO。ベティフラの自称父でベティフラは自称僕の娘だよ。そうだ、僕の名前を表記する時には、大抵の媒体で強固なプロテクトを掛けて証明することができるんだ。名乗っただけで証明書付き署名になるね。一応僕、名前が悪用されると困るキャラだからさー。ユニバーサル共同体電脳宇宙空間代表会議の人間くん達とAIシステムがうるさいのなんのって
*2:ジムの機関システムに急なシステムメンテナンスが入り休止となった。珍しい事態だ
*3:52話。旧AI人格システム時代の電子歌姫
*4:31話。非公式組織レイニーグレールは都市構造の解析利用と隠密システムの構築に極めて長けている。誰だったか、サポートメンバーの1人が、バイオ系担当の白藤さんのようなシステム系「野生のプロ」がいるはずだと熱弁していた事がある
*5:ガフ・マコットのモデルとなった人間。「歌姫」。旧AI人格システムには必ず元となる人間のモデルが存在する。旧システムが現代で再起動するにあたって一番の障壁だ
*6:汎用人工知能。普段僕らがAI人格と呼んでいるもののほとんどがAGIだ。ありふれているため逆にAIと呼んでも差し支えない。ただし、あえて今白田さんがAGIと呼ぶのは、人間から見た「完全に電脳世界に移行した人格」というニュアンスを強調したいのだろう。感覚的には嫌なニュアンスに聞こえる