山の端さっど

小説、仮想世界日記、雑談(端の陽の風)

我がモノ電子歌姫の「外の人」56

『--あらやだ、下駄子ちゃんったら!』

 朝、ナビゲーションシステムのベティフラが左耳の近くで声を上げた。

「……高下駄子ちるる*1さん、ですか?」
『--そうそ。見てよこれ』

 ベティフラはニュース画面を開いた。

『高下駄子ちるる、「Ma! Charate*2」メンバーと熱愛?!』


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前話(55話)
https://yamanoha334.hatenadiary.jp/entry/Diva.BettyFlyower_055
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「これは、何というか」

 ざっと全体を見て僕は目を逸らした。無意識に眉をひそめていたかもしれない。
 高下駄子ちるるがMa! Charateの熱狂的なファン、いわゆる「マッカ*3」であることは比較的知られているはずだ。事実がどうあれ、あれこれ書き立てる材料はあるだろう。覚悟して読み始めたつもりだった。
 しかし記事の内容は、思っていたのとはだいぶ違った。

「……まず、記事に書かれた『熱愛』の……いえ、写真のお相手、Ma! Charateさんのどなたかではなくスタッフですね」
『--そうねえ』
「写真も普通に話しているだけのようにも見えます」
『--そこに関しては、証拠写真って大体パッとしない物だからなんとも言えないわ』
「それから、その……記事の後半が」

 後半は当の高下駄子本人に真偽を問うインタビューになっているのだが、名言を避けながら堂々と語る彼女とのやり取りのうちに、なぜか今月発売の著書の宣伝が始まっていた。それも、彼女のものと記者のもの、両方の宣伝だ。

『--うん、もう明らかに炎上商法ね!』

 あまりに話の流れが自然で、頭の中で思い返してみてもまた驚いてしまう。

「本当に炎上商法、なんですよね?」
『--そこは間違いないでしょ』

 宣伝をしている事は間違いないのだけれど、「マッカ」がスタッフとはいえMa! Charateの名前を出して迷惑を掛けているのはイメージに合わない。題名だけとはいえメンバーとの熱愛を誤解させる事にもなっている。

『--下駄子ちゃんは忘年会に突撃とかしたがるタイプよ?』
「それは、そうかもしれませんが」

 あの時、白田さん*4が言ったからそういう事にされたけれど、本当に高下駄子さんは忘年会中のMa! Charateメンバーに会いに来たのだろうか。

「あの、もしかしてなのですが、高下駄子さんは」

 いつもこのスタッフメンバーに会うのが目的だった、という事はないだろうか?

『--ストップ、ヒマワリ。あまり野暮に暴くものじゃないわ』

 ベティフラのホログラムが小さな指を口の前に立てる。

『--下駄子ちゃんだって青春? 人間らしいところ? があるのよ。それとヒマワリ、こっちも見てよ』
「はい?」

 見せられたのは『白田KAROの科学遊び シーズン86 17話 泡中(フォーチュン)廃墟を作ろう!』だった。

「何でしょう、これ」
『--内容は良いのよどうでも。それよりこれー! この写真で父さんが持ってる紫の石、この前ヒマワリとデートした時のじゃない!』
「そうでしょうか」
『--絶対そうよ。これは知ってる相手への自慢とアピールね。ヒマワリ、あたし達も行くわよ。来年ね』
「は、はい」

 当たり前のようにベティフラとの約束が積み上がっていく事に、正直僕はまだ慣れていない。

「もしかして慣れなくても良いんでしょうか」
『--いや慣れなさいよ』
「努力します……」

 ベティフラは小さくともベティフラだ。紛れもなく。

『--熱愛報道されてもヒマワリなら許してあげるから』

 どうやって?


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次話
https://yamanoha334.hatenadiary.jp/entry/Diva.BettyFlyower_057
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*1:25話、36話。辛口が売りのマルチタレント。仕事では一切容姿を売りにするつもりはないと公言しており、化粧品のCMすら出演しない。……という細々した情報を最近ベティフラが僕に読み聞かせてくる。AGIの活躍が多い電脳社会への批判コメントが多いが、ベティフラは彼女のことを嫌っていないどころか好ましく思っている節がある

*2:「マ・チャラテ」。男性AI人格アイドル集団。AI人格コアシステムを新型(ベティフラ式)へ置き換えていないメンバーがいる事が発覚して騒ぎになっていた、あのグループだ。活動停止に追い込まれずに済んだのは幸いだった。置き換えは結局行われ、あまりデータの欠損も無かったらしい

*3:ファンの間から生まれた、自称の意味合いが強いファンネーム。初期のMa! Charateメンバーが宣材写真で手にしていたラテカップに赤いマドラーが刺さっていたのが元々の由来らしい。それだけ聞くとよく分からないが、こういうものは感覚優位、刹那的に考える方が正しいだろう。ベティフラ推しの作るバターケーキに近しい

*4:ベティフラの父を自称し、ベティフラに自称娘と言われる電脳法・科学のスペシャリストAI。こういう呼び方をすると固い印象があるけれど、だからこそ軽い言動を心がけているのだろう。おそらく