山の端さっど

小説、仮想世界日記、雑談(端の陽の風)

我がモノ電子歌姫の「外の人」58

「衝撃。なんすけど先輩」

 後輩が急に言葉を切ったので僕はスケッチ*1の手を止めて顔を上げた。

「俺好きなんすよ百合」
「……花の?」
「人間関係の」


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前話(57話)
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 同性愛というのは昔、様々なタブー視をされていたらしい。それも、存在を認めないというかなり強い形で*2。その長い時代の後半に明文化されるようになった概念の一つが「百合」だ。女性間の恋愛やそれに準ずるように思われる関係性を表す言葉だ。現在ではもっと狭い意味で使われている。
 つまり、「フィクション上の」恋愛の一つ。コミュニティが姓や婚姻にきわめて不寛容な世界で生まれる、社会的障壁を持つ女性同士の恋愛だ。この場合の女性の定義も複雑らしいけれど、僕は詳しくない*3

「……なんというか」

 難易度の高いカムアウト*4だ。驚きが先に来てしまう。トラブル回避に自分の性別的特徴を開示するのはよくあることだけれど、必ずしも明かす必要のない、過去の差別問題にうっすらと関わる趣味嗜好を明かすのは勇気の要る事だろう。

「そんな深く考えてないすよ。深刻でもないすし」
「そうですか」
「俺ら教育が新しいんで」

 何歳も離れているわけではないけれど、そんなに価値観のアップデートは速いものだろうか。少し、置いていかれたような気分になる。

「……今度教育テキストを見せてもらっても?」
「臨むところす。てかそういうとこっすよ」
「?」
「聞くようになったすよね先輩」

 目の端で妖精の羽が風を打った。……気のせいだ。ベティフラのホログラムがこんな所で起動するわけがない。

「別に言う気なかったんすよ俺。だから衝撃。前から先輩普通に聞くとは思ってたすけど。嫌がらないとは思うすけど、返事『そうなんですね』だと言う気なくすもんすから」
「そうなんですか」

 つい出た言葉が被ってしまった。少し気まずい。

「聞かれてもない事話して聞けは一方的な話すけどね。カムアウトは暴力すから」
「その言い方は」
「事実す。百合の間に生える雑草す」
「?」
「……俺先輩困らせる気はないんすよ。それで喜ぶ悪趣味な誰かと違うんで俺」
「えっ」

 その誰か、に心当たりがない。後輩を見ると「言葉の綾す」と慌てて目を逸らされた。

「とにかく今聞いてくれて感謝す」
「……どういたしまして?」
「何でっすか」

 つい2人で笑ってしまう。

「……どうして今は僕に話しても大丈夫だと思ったんですか」
「感覚優位決定す」

 つまり気分。

「最近雰囲気変わったすよ先輩。で。本題すけど」
「本題?」
「来季アニメ化の中に最高な百合があるんす*5
「はい?」
「聞き専で良いんで話聞いてくれないすか。時々」
「えっと……僕でよければ……」


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次話
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*1:ステマスケッチ、微生物叢構造可視化図の作成。最近、この手法でかなり直接的に僕の実験に役立つデータが見つかるのではないかと仮説を立てている

*2:あまり可能不可能の話をしたくはないけれど、今の技術を全て活用して完全に計画されたデザイナーズベビーを作り出すコミュニティを形成したとしても、現存の性的マイノリティを無くすことは不可能だ。ほとんど人数を減らせもしないだろう。人体はそう出来ていない

*3:かなりジャンルが細かく分かれているらしい

*4:広く一般に公開したくないであろう性質を持つ事柄を打ち明けること。秘密の公開。基本的には本人の明かす覚悟と、明かす相手への信頼や信用があってこそ起きるものだ

*5:「グチャまほ」でおなじみ、魔法お片付け恋愛コメディの事だった。(28話。)作中に出てくる主人公格の魔女の故郷には魔法使いの一族に拘る、婚姻の厳しい掟があるらしい。魔女同士の恋愛は完全に掟破りだし、もう1人の主人公、人間の少年と魔女との恋愛も禁じられているので話の本編に大きく関わってくる