ドロイド20体、人間2名。地下農園の滞在者表記をもう一度見返す。
「……誰かいますか」
この街区の地下農園管理は20体の作業用ドロイドによって行われる。見回りの警邏職員が来るならペアの巡回ドロイドの分が必ず増える。地下農園管理の担当が複数人になった事はこれまで一度もない。
『いるよ』
シアンカラーの迷彩ホログラム機能付きキャップ、大きなマスクと腕までの手袋、手に持つ端末から流れるのは低音と静かな物言いの記述式制音振動*1。少しいで立ちは違うけれど、白田さんのドロイドと共に会った事がある。
レイニーグレールの、リーダー。
「……地下農園を都合の良い活動場所にしているわけではありませんよね」
『この壁のすぐ向こうは俺の領域だから』
……それは知っている。
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前話☆093
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「桜さんは大丈夫ですか」
『大丈夫。それよりアニヒレストと鴇がキツい*2かな』
「トキ?」
『君と最近仲良いメンバー』
アニヒレストは白藤さん。トキ、はビラのデザイン変えや迷い道の件でお世話になった子供だろうか。仲が良いというほどではないとは言う間がなく、迷彩に隠れて見えない顔が僕の方を向いた。
『君を巻き込むから伝えなきゃいけない事がある』
「巻き込むことは確定ですか」
『もう始まってる』
「……そうですか」
『オード*3は』
……振動が途切れ、誤字文の取り消しを意味する記述が素早く出力された。相変わらず、キャップの下の表情は何も見えず読み取れない。
『……ヴェルリャは元々、俺と対立してたシステム系の生命工学屋』
「え」
『今は環境破壊生物創造屋かな。土木屋と通信屋でも仲間に入れて、拠点は宇宙第一プラントのどこかの地下。入植時の利権で政府の管理が及ばない区画』
「!」
『この話はアニヒレスト以外には秘密で』
レイニーグレールと対比させたようだ。第一と第二、創造と絶滅。
それに、生命工学と第一プラントの地下というのは、あまりにも四葩先生*4と重なる。……ヴェルリャと四葩先生には関係があるのだろうか?
……視線は見えないけれど、「リーダー」に確かに反応を見られていた。すぐに言葉を続けず黙っていたのが傍証だ。レイニーグレールはベティフラや四葩先生の事は知らないはずだから余計な事を言ってはいけない。
『ヴェルリャが先だよ。アニヒレストの方が優秀だけど。あいつの作にはシードボムもある。ゲリラプランナーの奴らのも、ヴェルリャのボムを参考にして独自の植物を組み込んでる後発品。ま、どっちが先でも関係無いか』
最後は吐き捨てるように記述する。
「ゲヘナや芥子はヴェルリャの仕業ですか」
『さあ? 可能性は高いけど、俺はヴェルリャのストーカーじゃないから』
「……都合が良いんですね」
『俺達が?』
「ヴェルリャが、です」
是とも非とも取れない沈黙が返ってきた。
「……都合が、良いですよね」
いたたまれず言葉を続けてしまう。
「パーペチュアル系*5……電脳空間を神聖視し、あらゆる物のデータ化と実像の破壊を目的にしていると聞いています。それでいて、目的の為の活動に都合良く生物を生み出して利用している」
『合ってる』
「次に利用するのは、亜生物かもしれませんね。実用化が進んでいないだけで、より道具としては目的に適している」
『自覚あるんだね』
「一応専門家ですから」
『それも学会に入っていないホンモノ』
「……」
見学に行った時の会議で、全宇宙亜生物学会の代表メンバーが「現行の何よりも優れた生物を生み出そう」……だなんて掲げていなければ、拍手喝采を受けていなければ、僕も軽率に所属していたかもしれない。学会やヴェルリャの知った事ではないだろうけれど。
白藤さんと話した事がある*6から、当然この人、リーダーも知っているだろう。そもそも白田さんとも知り合いで……どこまで知っているのだろう?
「僕が当事者たりえる事をよく理解しました。ご忠告ありがとうございます」
『……そこまでのつもりじゃない。ただ、動きがおかしいから』
「おかしい?」
『わざわざ自分からネットミームになりたい奴じゃないよ。最近の軽率な動きは、何か内部で混乱が起きてるかもね』
「ああ……」
曖昧な反応も見咎められただろうか。ベティフラほど僕のことを知らないひとの反応は難しい。
『だから、どう動くか分からないうちは気をつけるといい。午前3時のG音はとりあえず残してある』
「?」
『……君、自分では守りが堅いつもりかもしれないけど』
手袋からシアンカラーのワイヤーが伸びて、首に巻き付いた。
……柔、らかい。
太い紐だ。
緩いから首が絞まりもしない。狙った出力、だろう、多分。衝動とは感じられない。朝焼けさんのような、訓練と素質により常に平常時と同じ出力を出せるスタイルにはあまり見えない。デバイスの補正に強く重点を置いている。自分のペースで仕掛ける事で有利を取るスタイル。そう見える……。
だから、いきなり狙われてもいない左耳を押さえた僕は奇妙に見えただろう。その手を決して離さず、空いた手だけで首と紐の間に指を入れて引くのも。そこから色々と考えてしまい、動けなくなるのも。
「……やめて、ください」
意図は分かった。僕は反応できなかったし、同じように、ヴェルリャがどんな手を使ってくるかなんて目の前にいても想像もできないだろう。分かっていても対応できない。今、できていない。どうすればいいか分からない。
危機感が足りない事は分かったから、どうか今すぐに退いてほしい。僕だけでは解けない。誰かが農園の壁を突き破りでもして、来てしまう前に……。
『……へえ』
……農園内の作業ドロイドがようやくこちらへと駆けてきた。農園管理担当者権限で呼んだ一体だ。対人トラブル用の機能はないだろうけれど見られれば面倒になるはずだ。
キャップのつばが少し動く。同時にはらりと紐が切れて首から落ちる。
『爪を抜いても鷹は鷹か』
僕から目を逸らして、レイニーグレールのリーダーは隠し扉から壁の向こうに歩き去る。隠し扉がロックされて3秒後、紫髪のSPが地下に駆け込んできた。
「すみませんっ……! 間に、合わな、」
「いえ、本当にありがとうございます」
「ひっ! 皮肉、ですよね……すみません……」
「本心です」
来るのが遅くなってくれて本当に良かった。大事にならなくて*7。
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次話 095
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*1:34話他。非発声・非表情使用言語の中ではかなり感情やニュアンス、個性を出しやすい研究者用言語。例えばベティフラが使うと常に感情豊かで一語一語がはっきりとしており、伝わりやすい。僕の研究室や知り合いの使用率は高いが、世間的にはマイナー言語のはずだ
*2:忙殺されている、の意だろう
*3:88話、89話。オード・T・A(セリアンナ)・オルドフィシュ。あるいは犯罪者活動名「ヴェルリャ」。組織名と区別するためもあるだろうが、「オード」という呼び方をされるのを僕は初めて聞いた
*4:「よひら」。64話他。呆れたことに四葩先生は政府の監視を勝手に「外れて」宇宙第一プラントに潜んだまま、まだ今日まで発見されていない
*5:31話、49話他。「パーペチュアル」自体は「永遠の」くらいの意味だ
*6:68話。あの後、学会のアーカイブを見た白藤さんから「理由がよく分かった」とだけコメントされた
*7:だいじではなく「おおごと」。紐を切られた時点で作業用ドロイドの召集も取り消していたから、SPを見られはしなかったはずだ。もっとも、標準装備の迷彩を掛けていたから気遣いは不要だったかもしれない。気弱そうな雰囲気が目立つけれど、この紫髪のSPもプロで、しかも朝焼けさんの後輩だ