山の端さっど

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DBF096☆我がモノ電子歌姫の「外の人」

「『お外出たい……』」
(「出ましょうか?」)
「『プザ青ってる*1うちは出たくない……』」
(「……」)

 解決策として、ベティフラはバーチャルの電脳空間に人間の身体でログインした。言うまでもなく、僕の身体で。


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前話 095
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 自然なノイズがゆっくりと視界を走る。
 宇宙線の表現だ。

(「不思議な場所ですね……」)
「『生身で来れる場所じゃないからね』」

 暗い液体に足を浸す。重油に似た組成のものだ。リアルではないけれど冷たい感触が再現される。表面が宇宙を反射しながら美しい模様を描いているのが見える。フリルに根元が埋もれた脚も。黄色のレースにたっぷりと包まれた、とんでもない宇宙旅行者だ。今は鉱石に富んだ無人星の一つ、その洞窟の前に降り立っている。
 液体の流れるまま洞窟の奥に踏み込むと、薄緑に光る柱状の結晶鉱石に覆われた壁面が現れた。鋭い岩を踏むところは再現されないので、裸足で進んでも怪我はしない。少しだけ浮いているような気分になる。
 視界が揺れたのは、僕が現実感のなさに感覚を乱したからではない。ベティフラが程良い場所でゆっくり寝転んだからだ。アイソレーションポッドの深さで浮かぶ。鉱石の光が視界いっぱいに広がる。青くはない。

「『あー……』」

 ベティフラはゆっくりと息をついた。

「『……ふたりっきり……』」
(「……」)

 誰も知らない場所にいるわけではない。公開されている以上この電脳空間にはこれまで多くの人が訪れている。身体のある場所に至ってはいつもの施設だ。近くではスタッフがこの環境を整えてくれている。
 だから、そういう話ではないのだろう。ガフがなりたいと言った「ふたりだけ」の状況とは違う。

「『今ガフのこととか考えてないでしょうね』」

 反応が速すぎて、思わず笑ってしまった。

「『なっ、何よ』」
(「いえ、すみません、ベティフラ。ただ……」)

 今か。
 今だろうか。

(「今のところ、戦況はどうですか」)
「『5勝2敗2引き分けってとこ』」
(「そ、れは……」)
「『あたし評価ではちょっと悪いわ。完封したかったのに』」

 ベティフラは鈴が鳴るように笑った。ころりと。

(「……僕の出番はありますか」)
「『早く出たい子みたいに言うのね』」
(「……いえ」)

 あの中途半端な小規模通信ジャックが起きたせいで、宇宙規模で休止通信施設のセキュリティやジャック対策が見直されることになった。それも速やかに。
 汚染性ビラ、裏路地の法令違反アートグラフィティ、登録システムへの侵入……。怪しい噂話や裏街脈簿になぞらえた犯行の一つ一つが、街の脆弱性を示し、対策のきっかけになっている。被害もあるけれど、結果だけを見れば街のデバッグとエラー潰しが行われているようだ。

 例えば、ヴェルリャの悪質な通信ジャック計画を、ほんの1日前に察知することができたら。悪質性の低い、それでいてヴェルリャの仕業だと仄めかす画像を、ヴェルリャが計画に用いる予定の施設から全く同じ方法で1日早く流すことができたら。施設はすぐに調査され、差し押さえられ、ヴェルリャの本来の計画は実行できなくなる。1番の被害者と言えるガフも、きっと事前に求められればあの色を計画に使う許可を出すだろう。
 それができる権限と責任を持った歌姫は、ここにいる。気付いてしまえば放ってはおけない存在が。

(「……ただ、桜さんや白藤さんや、他にも心配な方がいて」)
「『ああ』」
(「手助けがしたいんです。その方の」)
「『しょうがないわね。ヒマワリったら我がママなんだから』」

 ベティフラはきっと緑に目を光らせて笑った。

「『あたしはもう戻れないとこまで来てると思うんだけど、まだヒマワリには教えない方がいいって意見の人間ちゃんとか電脳組がいるの。何も聞かないで手伝ってくれる?』」

 ここで頷く僕を、ベティフラは好ましく思うだろうか?


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次話 097
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*1:トータルコーディネーター集団リプザードの販売しているグッズ「ウルミアオウルミ」が流行し、外出すれば嫌でも目にする状態にある、の意。「内輪語」だ