「見事に膨れたな」
例えば瑠璃色のものが詳細不明のラッキーカラーとして分野種類を問わず売れていたり。
例えば検索で瑠璃に関する語を入れると攻撃を受ける事例があることが解析で気づかれたり。
例えば、第一・第二プラント合わせてもたった2、3名程度の「警邏職員に『ヴェルリャを知っているか』と意味深に聞かれた」というコメントがやたら拡散されたり。
例えば、瑠璃に関する謎の符号を解いた末に、壇戦期に失われたとされる反社会的組織の活動資金「電子金塊」のありかが分かるとか。
レイニーグレールの仕掛けた「裏街脈簿*1」は連日話題になっている。
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前話 097
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「そして私もだいぶ裏街脈簿に詳しくなった」
白藤さんはアンニュイに指を回している。
「読み物仕立ての物には多少見応えがある。最近読んだのは『ラテックスフリー人間』だな」
「ああ……アリババの盗賊*2がそれなんでしたっけ」
「明らかな後付け創作だが」
たしか、未確認の星系外宇宙生物が人と入れ替わりその人に成りすますと、塩分とラテックスのアレルギー交叉反応*3を起こす体質になるという噂だ。
「つまり天然ゴム人間、いやラテックス-塩症候群宇宙人にとっては塩のアレルゲンとラテックスのアレルゲンが類似している。その免疫系の組織をいくらか手に入れたいとは思わんか」
「ええと……そういえば僕の擬似細胞体にも『アレルギー』のようなものが生じることがあります。いわゆる生物の機序ではありませんが、一定の振動体系の条件下で一部の細胞が……」
「ほう」
なんとか実在の現象に話を逸らせた。いくら作戦上僕らが目立ってもいいとしても、ラテックスフリー人間の体を調べる話で悪目立つのは気が引ける。
僕ら……認識阻害ホログラムでフードの中の顔を隠し、顔の上から粗い透かし編みを垂らした二人組。記号としてはそれだけで十分だ。
「……そういえば、一つだけ正しい物があったな」
「はい?」
「壇戦期の電子金塊は、おそらく実在するぞ」
「そうなんですか……」
「偽の手がかりを追っても何も手に入らんがな」
この人は、肩をすくめる仕草に慣れ過ぎている。
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次話 099
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「……ところで、白藤さんはNo abnormal greenをどう思いますか」
「通信ジャックの裏街脈簿だったか? 語れるほど調べてはいないが……貴方はああいうのが好みか」
「噂を知らなかった頃、それらしき現象に遭遇したことがあります」
ぼかして言ったけれど実際には噂そのままの現象だった。バッテリーが切れていたはずの端末の画面がヴェールカラーに染まり、高速でアクセスと入力、内部処理が行われ、気づけば知らないSNSをインストールして数件謎の文字列が投稿されていた。今でも、僕の使っているアカウントの最初の投稿を見れば残っているはずだ。
「ふむ。まあ意外と現実的なタイプの噂だとは思っていた。ジャック時にバッテリーが回復するということは、遠隔充電かバッテリー交換時の電子プロセス部分から侵入を開始する電子ウィルスということだろう」
「やはりそうですよね」
「それで、貴方が裏街脈簿に期せずして助けられたという話になるのか」
「は……はい、そうかもしれません」
勝手にSNSアカウントを作成されたりした件は置いておいて、バッテリー切れの時にヴェールに罹った結果、いくらか残った充電を支えて助かったのは事実だ。
「まあ、二度はあるまい」
「あの日以降、絶対に予備のバッテリーは持ち歩くようにしています……」