山の端さっど

小説、仮想世界日記、雑談(端の陽の風)

我がモノ電子歌姫の「外の人」8

 ここは安全だ。

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前話(7話)
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「……じゃ最後ですねー。自分の精神状態に一番近いイメージは、この中のどれだと思いますか? 感覚優位で答えてくださいね」

 数枚の見覚えのない図形のパターン画像が画面に並べられる。

「この中だと、赤い花束みたいなのが近いです」
「この中だと?」
「白い粒粒……」
「薄青だけどね。これは?」
「茶色の……動物園みたいな」
「これは?」
「ベティフラのロゴの左下みたいな形の……薄い黄色の方です」
「うん、精神汚染*1確率は低いでしょう」
「はい」
「……ちなみにこれの中だと?」
「えっと…………」
「はいOKです。選ばなくて大丈夫。そもそも半分くらい見えないでしょ。これだけ大量に見せられて、その中から迷いなく真面目に一つを選ぶのはAIの処理速度ですよ」
「……はあ……」

 僕は何をしているのだったか。

「ベティフラさんを導入できる体質の人なんて君くらいしか居ないからまだ処置も探り探りでね。いつぞや*2は悪かったですね」
「ああ……いえ……」
「じゃあ、お疲れ様です」

 そして急に6日間の診察は終わった。

「ベティフラは……」
「はい?」
「いえ、何でもありません。この後はどうなりますか?」
「入院です」
「もう入院していると思ってました……」
「今日までは検査入院。今日からは治療としての入院」
「治療」
「鼓膜や耳腔の治療だけは終わってますけどね。その奥も衝撃受けてるので、入院が必要なのは間違いないです。他にも精神的な所を整えましょう*3
「そうですか……」
「予定も組み直しましょう。何か大学以外で困りそうな事は?」
「……あ。あの、『灰色』が……」
「ああ、『DZ-ノ26番警邏職員とのプライベートでの外出予定』。入院と被ってますね」

 急に予定の提示を求められる事が無いわけではない街で秘密の用事*4を持つと、綿密な予定偽装が欠かせない。

「うまくギリギリ規定の範囲内で探りを入れるのが得意みたいですね、DZ-ノ26番警邏職員は。かなり踏み込んだ見回りをしているのに、これまで軽い処分しか受けていない」
「そうですか……」
「とりあえず急性の症状で入院した事にして……疑いを向けられないよう、入院中の写真などを送りましょう」
「お願いします」
「……嘘ではないですからね」
「はい?」

 ドクターは僕が目を合わせるまで待ってから続けた。

「事件にしろ事故にしろ、あなたが不慮の事態で長期入院をする事になったのは事実です。そこに関しては堂々としていて良いんですよ」

 僕はしばらく反応できずにいる。

「……っ、あの」
「はい?」
「ベティフラに、僕が入院した事は伏せておいて貰えませんか」
「もう伝えています。今後の入院の予定も含めて」
「あ……そうですよね」
「それに、気にせず伝えた方が良いと思いますよ。ベティフラ様の安全のためだけでなく、お二人ともの安心のためにも」

 ドクターは僕の端末を指差した。

「ベティフラ様からあなたへ言づてです。メッセージギフトを贈ったので必ず確認するようにと」
「え」

 ベティフラから僕へ?
 どうしよう。何だろう。こんな事になってベティフラが僕の事をどう思ったか、僕に何を伝えようとしているのか。何を聞かなければならないだろう。何を伝えられてしまうだろう。何なら嫌だろう。何なら聞きたいだろう。考えられない。

「私にも伝言がありました。なかなか見ようとしないだろうから、必ず目の前で開封を確認するようにと」
「……ひ、開きます……」

 ドクターの視線に耐えられるわけでもない。そっと画面を叩いて、ラッピングボックスのアイコン*5に触れる。



 開いたのは3分あまりの音楽ファイルだった。再配布や共有はできない、一人で聴くためだけの音楽。

 初めて聴く曲だ。
 流れてくる音に歌詞はない。ベティフラの奏でる音楽に、スキャットがまるで、楽器の一つかのように奏でられている。
 重なり合い、解れて、螺旋を描くような歌声の旋律だ、と思った瞬間に弾けて、違う音域へと跳ねていく。
 音の飛沫が頬にかかる。ぽろぽろと溶ける。



「…………はー……。ドクターとしては分析的思考と的確な知覚理解優位表現を用いるべきなんだけどね。美しいね」
「はい……」
「メインはG_5St線機音振動*6かな」
「はい。……聴いていると一番安心する音です。ベティフラに伝えた事がありました」
「そういう意図らしいですね?」
「はい」

 僕はそっと端末を握りしめた。
 ここは、本当に安全だ。

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次話
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*1:洗脳状態などとも呼ばれる状態。特定の思考を本来の獲得プロセスを経ずに得ると思考パターン分布図に歪みが生じるが定量的に診断することは難しい。思考パターン分析には警備ドロイドのテストや診察でもいまだに連想ゲームやロールシャッハ等の古典的なテスト法が用いられる

*2:おそらくAI作成時に初期導入される性能チェックプログラムを直接僕にインストールした時の事。その後、人間には決して導入してはならないプログラムとして秘密法に記録された。僕以外の人間に導入が可能かは不明だ

*3:意図的に曖昧な表現を選んでいるのは間違いない

*4:24日に1度ベティフラが身体を使ったり、そのための定期検診が入ったり、トラブルが起きたら入院もあり得る

*5:大抵誰でも使っている有名SNSの画面。やり取りの相手以外には秘密でSNS内アイテムなどのプレゼントを送る事ができる

*6:可聴領域の有名な音振動の一つ。個人差はあるが30%ほどの人間の精神に快感を与える作用があることが知られている