山の端さっど

小説、仮想世界日記、雑談(端の陽の風)

我がモノ電子歌姫の「外の人」35

「はぁい、お待たせえ。きみからこんなに早く連絡が来るとは思わなかったねえ、白藤くん」
「私もその気はなかった……ですよ、先輩」
「うんうん、そうだねえ。最近入院したって聞いたけど退院おめでとうねえ。それで、彼のことだよねえ」
「……どうも。今日、彼は」
「来ないよー。ときどきそういう日があるんだよねえ、彼。何があってもぜったい来られないし、連絡しても返事が来ない日」

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前話(34話)
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「『やっほー!』」

 ベティフラの声は電脳空間によく響く*1。あるいは僕の喉から出る声で、シミュレーションボックスの中に響いてマイクに入力される声だ。

「『やっぱりレスポンス悪めね』」
(「直接空間上に描写するのとはそれほど違いますか」)
「『全っ然違うわ。違いすぎて転んじゃいそう。人体とデバイスで4つくらいステップ増えてるものね』」

 人間が電脳空間にアバターを映すときには、脳の指令をもとに身体を動かし、デバイスに読み取らせ、再び電気信号に変換して空間内に反映する手順を踏む。空間描写とほぼ同時に反映される歌姫の動きとは比較にならないだろう。
 でも、ベティフラは人間の速度を体験したいらしい。

「『たまに人間ちゃんがこうやるじゃない』」

 ベティフラはぎくしゃくした動きをしてみせた。

「『これ、何だろうって思ってたのよ。この前コラボした子に聞いてみたら、デバイスの構造が悪さするって聞いたのよ。こういう動きとかも、あー、これは無理ね。できないわ。ダンスとかでこの動き入れたい時は事前に録っておいたものを入れ込むって初めて聞いたわ。この部分だけ身体追随設定を変更したら踊れそうな気するけど』」
(「それだと、ズレた設定のダンスの癖がついてしまって生身で踊るときに困る気がします」)
「『ああ、なるほどね』」

 と、空間内に連絡が流れた。珍しいことだが、たまたまログインしたこのスペースに団体客が来るらしい。
 アナウンスを聞いて何人かが首を傾げる。いくらでも空間を立ち上げ可能なのに自分達専用の空間を作らず既存の特徴のない開放スペースに集団で入ってくるということは、待ち合わせか、そういう趣旨のイベントだろうか。

「『……隣に移動しましょ』」

 ベティフラがパッと動いた。ただ番号が隣り合う別の開放スペースに移動するのだ。視界内に小さな警告が出ている。

(「ああ……」)
「『避けましょ』」

 要注意人物指定、「プザ星*2」の接近が告げられている。ベティフラ専用機能だ。ということはやはり、そういうコンセプトのアポ無し大手メディア撮影なのだろう*3

「『移動するわよ』」
(!)

 これは、小さめのスケールで地球の風景を再現したエリアだ。富士山が見える。麓には街が広がっている。

「『あら、再現上手いじゃない』」

 ベティフラはディテールを見ようと歩き始める。人間の身体だからというより、電子的存在としての興味っぽい。

 ディテールというなら、建物が一つ足りない。

「『どうしたの、ヒマワリ』」
(「いえ、何でもありません、ベティフラ」)

 何が楽しいのか、電脳世界を当たり前に駆けていくベティフラを遠くからぼんやり見つめることはできない。身体を共有しているせいで。

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前話(36話)
https://yamanoha334.hatenadiary.jp/entry/Diva.BettyFlyower_036
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「……ボス。『ヒマワリ』は捕まらない。最近ラボにも最低限しか顔を出していないらしいし、
事あるごとに『一日拘束される用事』があるとか。逃げ口上だろう」
『アニヒレスト、口先だけじゃないよ。どんな一般人が僕らのクラックを掻い潜る行動ログ保護システムを常時起動し続けて、あれだけの捜索メンバーを口先だけで呼べるって?』
「……本当に堅気なのか」
『そこは間違いないけど、気になるところはあるかな』
「ボスの狙いは私にはさっぱり分からんが、何を待っていても自主的に連絡なんてして来ないぞ、彼」
『どうかな。これから次第。それで収穫は?』
「……ああ。先輩の話では確かに、彼は地球出身だ。富士山の近くに住んでいたことがある」
『大収穫』

*1:同空間内にログインしている他のアバターの迷惑にならないよう、近づかない限りミュートされる設定だ。許可した大声だけマンガの吹き出しのように文字で表現されて見える

*2:4話。大手メディアも御用達の3人組トータルコーディネーターチーム「リプザード」のメンバー「HOSHI」。バーチャルアバターで活動しているが僕らは素顔を知っている

*3:あまりアポ無し突撃系の撮影リポートスタイルは無くなってきたがゼロではない。出くわすのは確かに珍しいことといえる