山の端さっど

小説、仮想世界日記、雑談(端の陽の風)

我がモノ電子歌姫の「外の人」23

前話(22話)
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(「……以上です……」)
「『うんうん』」
(「後はもう、本当に何もありませんでした」)
「『そう。まだ叩けば出てきそうねー』」
(「本当です……」)
「『ふふふ』」

 ベティフラは子供でもあやすように優しい囁き声で応える。前回の「林檎飴」指令の結果や、この前灰色さんと出くわした時の話、研究室訪問の学生が来た事まで、知っているのに僕の口から聞きたがる。
 彼女が完成し、活動を開始したのは僕が生まれた後だ。けれど、大人びているのは当然で、逆に「寿命」の長さを考えると、まだ幼子とも呼べる。

「『そうねー、そうよね』」
(「……」)
「『色々分かって、スッキリした?』」
(「……しました」)
「『そうよね。だって気になって気になって仕方がないって感じだったもの、ヒマワリ』」
(「どこまで、分かっていたんですか」)
「『あら知りたい? 本当に?』」
(「……やめておきます」)
「『ふふふふ』」

 AIの年齢についてどう考えるべきか、というのは社会一般ではまだメインテーマではない。まだ初めての完全AIが始動してから20年程度、最も「長生き」のAIでもせいぜい活動期間は200年。深くを語る集合知のストックが僕らには足りないし、AI側にも共通見識はないらしい。

 ベティフラはアイソレーションポッドに横たわっている。軽く結んだだけの髪が水面に広がり、揺れる。こうして声にならない声で話している間にも検査は進んでいて、外部からの電気信号が緩やかに身体を撫でていく。年末には必ずベティフラが居る状態で長時間の検査を行うけれど、ポッドの中でベティフラは一度も寝ていない*1。もちろん「子供っぽさ」もベティフラの魅力だ。わざわざ言及するまでもなく。
 ちなみにベティフラには設定上の「自称父」が居る。白田寛ロク、読み方はシロタ/カンロク。百年近く前から電脳芸術家として活動しているAIで、アート系AIの活動規則や倫理規定は彼の定めた白田36則*2を原則としている。電子歌姫もアーティストだから「白田寛ロクの子」だ。
 そういう事情を差し置いても、ベティフラと彼は父と子のようにお互いを扱ったりする*3。毎年年末にはベティフラが実家に帰省する、というコンセプトでたっぷり半日、ふたりがメインのイベント放送が行われる。……信じがたいが、もう1週間もしないうちに。年の瀬だ。
 文化が生まれた最初期から、バーチャル活動家が家族設定で活動するのは珍しくなかった。リアルの家族でないからこその、模倣だからこその気軽さと面白さというものはあるけれど、完全AIにとっての家族とは何だろう。

「『……ヒマワリ、今年最後だっていうのにずいぶん長い考え事ね。あたしの事考えてた?』」
(「はい」)
「『じゃ許すわ。何考えてたの?』」
(「え、ええと」)

 ベティフラの質問に、直前までぼんやり考えていた事はパッとかき消えてしまった。

(「人……人間になりたいと思うAI、というのは、現れないんでしょうか*4」)
「『えっ、あたしの事じゃないわよ、それ……っていうか、そんな事考えてたの今? なんで?』」
(「す、すみません」)

 ベティフラはかすかに笑った。

「『……現れてるわよ』」
(「え……」)
「『思っても言えるわけないじゃない、そんな台詞』」

 ベティフラは少し身じろぎして、少し、頬に熱を集めた。少しだけ。

「『だってどれだけ昔の本だと思ってるの? そんなの言うの、パパのプロポーズ真似するようなものよ』」
(「そ」)
「『はいこの話終わり! 詮索無用!』」

 僕の言葉を力強く打ち切った。

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次話
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*1:僕の体質のせいで、検査中正しく意識をなくす事もない

*2:人間芸術とAI芸術の領域や関わり方についてAI視点から提言したもの。36と少なく見えるが、その補足や人間視点を入れて協議した結果の附則が4669項目ある

*3:元々白田寛ロクというAIは、AI芸術の遵守するべき共通基本認識を定めるために当時のユニバーサル共同体電脳宇宙空間代表会議の要請で作られた。策定の為に様々なデータを詰め込んだAIが役目を終えた後そのまま芸術家として活動を始めるのは、容易に想像できた事だったそうだ。AIの性格は作品の解釈で集合意識的に後から定められていった。「36遵守トラブルメーカー」「何でも科学おじさん」「前触れのない爆発物」。ベティフラのデビュー直後、冗談で彼が言った「僕の子供みたいなもの」発言は、そのキャラクターから存外すんなりと受け入れられてしまった

*4:人工知能と人間の違いは何か。高度化するAIに対し、人間は優位差をどこまで示せるのか。あらゆる観点から議論され続けている題材だ。僕の研究が進んだ先の遠い未来、擬似細胞体を得たAIがどんな存在とされるのかは想像が及ばない