山の端さっど

小説、仮想世界日記、雑談(端の陽の風)

我がモノ電子歌姫の「外の人」22

『--明るい街週間*1です。街ポイント倍増のタスクが追加されていますので、ご確認ください』
「ありがとうございます」

 街中で警備ドロイドから受け取った電子ビラに目を通す。マイクロプラスチック収集、外来種撮影、怪しいカプセル錠を見かけたら連絡を。ゲヘナはこんな形で流通していたのかと僕はぼんやり思う。
 それから、ぱっと振り向いてみる。

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前話(21話)
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「おっと! 驚かせようと思ったのに気づかれちゃったなー」

 黒いファー付きのコートにアッシュグレーの髪。耳には鮮やかな色のシンプルなイヤリング*2。着膨れずすっきりした印象に意外と良く合う警邏職員の帽子と腕章。DZ-ノ26番、灰色さんだ。満面の笑みになると服装のもたらしていた憂げな印象はすぐに消えてしまう。

「あ、こんにちは。お仕事中ですか」
「そう。えー、いつお兄さんに気づいたの」
「今です。たまたま、後ろに誰か来た気がしたので」
「音?」
「はい。……えっと、良いデザインの靴ですね」
「ありがとー。次はスニーカー*3にしようかな? 新調考えててさー」

 白々しいな、と思う。自分でも。
 僕がすぐ気付けたのは、灰色さんとペアの警備ドロイドがこの場に居たからだ。*4。警備ドロイドと警邏職員はほぼ必ず同じペアで職務にあたるから、近くに灰色さんが居ると気づいて警戒していた。でも、灰色さんだって僕がどこかで気づきやすいように、わざと足音を忍ばせず歩いてきていた。

「最近元気にしてたー?」
「はい。見ての通り。入院もしてません」
「あははっ」

 コミュニケーションが苦手でも許してくれる人は心地良い。僕の周囲は幸いそういう人ばかりだけれど、灰色さんがなお心地良いのは、僕の言葉をよく拾ってくれるからだろうか。よく観察されている、のだろう。

「ちなみにダメ元で聞いちゃおうかな。今、30分くらい……」
「?」

 不意に見つめられる。
 表情ではない。全身を見回されている。

「何か?」

 僕は先日、遠くから灰色さんに姿を見られている。一応知り合いに見つかりにくい服装を選んだけれど、灰色さんにまで見られる想定での偽装はしていない。
 気づかれる、だろうか?

「いや……もしかして最近、んー何だろう。鍛えてる?」
「え? ええと、時々体力作りを*5?」
「そっかそっか。少し見ないうちに変わったねー。お兄さん驚いちゃった。男子三日会わざれば活目して見よ、だ」

 ……思っていた反応と違う。面影に気づかれてあの夕方の現場不在証明、アリバイを聞かれるかと思った。
 言葉の意図は分からないけれど、追求されないで済みそうだ。
 
「あれ、それとも最近何かあった?」
「いえ何……も……」

 うまく逃れたのだから、余計なことは言わない方が良い。観察される前に、早くこの場を去った方が良い。

「……あの、最近、知り合いの人の知り合いと初めて話す機会があって」
「うん?」
「歳の離れた人なので、うまく話せたか分かりません。いえ、うまく話せなかったので分からなかったことがありました」
「うん」
「僕の知り合いは誰とでも仲良くなれる人なんです。でも、その人……その子は、僕の知り合いが好きではないそうです」

 僕の肺は勝手に空気を喉に小刻みに送り込む。

「うーん、その子って君と同じくらい?」
「いえ、子供です」
「あっ、そうなの? じゃあ、単に」
「でも、誰とでも仲良くなれる人です。よく人のことを見ていて、よく気づいて、誘って気遣ってくださる方で。子供だってそういう人と仲良くなると思ってたんです」

 どうしよう。止まらない。

「その子の嫌いな事は、多分はっきりしてます。『悪い事』と、子供扱いしてきちんと話してもらえない事。その知り合いは悪い人ではありません。子供の前で悪い事は絶対にしません。でも、子供を子供扱いは、するかもしれません」
「……」
「子供を子供扱いするのは正しい事だと思います。でも、どんな大人にも気を遣える人が、子供相手になると態度が変わってしまうのは何故なんでしょうか*6。立場や価値観は違っていても、言葉はしっかり通じるのに」

 ようやく言葉が尽きる。僕ははっとして首を振った。

「すみません、こんな話」
「待って」
「忘れてください。この後用事がある、ので」

 失礼します、とカラカラの喉で言って僕はその場を急いで離れた。追ってくる足音はなかった。

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次話
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*1:去年のランキング入り雑学書『我が国の気象学の専門家にはなぜワードセンスが無いのか』のコラムで取り上げられた「センスのない気象学以外のワード」の一つ。なかなか過激なページだ。曰く、「配慮という言葉を前時代的に刷り続ける化石ものの魚拓工場の名産品」

*2:黒に差し色だが、「黒朝系」のような、シルエットを引き絞り攻撃的に光るレザー系材質の主張はない

*3:忍び歩きのスニークが語源になった靴。当時のフォーマルな靴、革靴との対比だ。警邏職員は既定の帽子、腕章、ベストやコートなどのシンボルアイテムを一定数着用すればあまり他の部分に服装規定はないらしい

*4:同型でも新品でも多分僕は区別できる。恐らく意図してのものだろうが、警備ドロイドには駆動音にかすかな個体差がある

*5:ベティフラの無茶を叶えるためにジムに通ってはいるが、結果がはっきりと見えるようになるのはまだ先のはずだ

*6:アンコンシャスバイアスの心理学講義で年齢バイアスについても触れていたが、あまり実感が湧かないまま聞き流してしまった。僕らの年代と年齢では、先天的な要因での差別にはあまり強く出会う機会がない。うまく隔離されている、あるいは、意識しない形で受けている