山の端さっど

小説、仮想世界日記、雑談(端の陽の風)

我がモノ電子歌姫の「外の人」37


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前話(36話)
https://yamanoha334.hatenadiary.jp/entry/Diva.BettyFlyower_036
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「『まさか下駄子*1に声掛けられるなんて』」

 ベティフラは頬を膨らませている。知覚的表現だ*2

(「すみません」)
「『あら、謝るとあんたが悪いことしたみたいじゃない。それより未来の決意が欲しいわ。どうしようもないお人よしになりたいんじゃなきゃ、面倒なのが道聞いてくるまで突っ立って待つのはやめなさいよね』」
(「はい……」)
「『ま、あたしも予想外だったもの。なかなか下駄子ちゃんも無茶するのねー。気をつけよっと』」

 ベティフラは目を開いた。優しい青空を遮るように花びらが降ってくる。桜だ。目を閉じたりはしない。触れる前にホログラムは視野保護範囲*3に到達して消える。届くのは穏やかな花色の香りだけだ。と、今度は目を瞑った。本物の花びらが頬骨のあたりに当たった。

「花見って良いわね……」

 大型水上ポッド*4で川下りをしながら、完全にベティフラは横になっている。一応直射日光が当たらない時間と構造になっているが、ほとんど気にしていない。寝ていても水面が作り出す光と影のゆらめきが視界の端に反射して映る仕掛けになっているから雰囲気を楽しめる。花は川岸に植えられた一目千本桜だ。何度もポッドが川に長く突き出した桜の枝の下を通るから、寝ていても楽しめる。……少しもったいない気もするけれど。ベティフラは少し眠たそうな声色を作っている。

(「何かありましたか」)
「『んー……ロストアーカイブ二次汚染事件とか?』」
(「ありましたね」)

 とある大学で、ろくに感染対策をしないまま学内ネットワークで違法にロストアーカイブ*5に接続した学生が旧時代の電子ウィルスに感染した事件だ。露見すれば問題になるとは気づいていたのか、感染したシステムをリセットしようとして十分な初期処置をしないまま大学のレスキューシステムに繋ぎ、レスキューにまで感染を拡大させた。かなりの汚染事故だ。

「『ヒマワリも時々ロストアーカイブ使うんでしょ? ちゃんと対策してる?』」
(「大丈夫だと思います。閲覧中から被識情報フィルタを起動させていますし」)
「『それだけ? 足りなくない?』」
(「作法というか、安全性を高める手段もありますから」)

 電子ウィルスなどを警戒するなら他とは接続を切ってしまうのが1番だ。僕のラボではよく、電波接続ができない有線専用の閉じた旧式システム機を使う。あまりに仕組みが古く研究データを盗まれる心配もないから、ロストアーカイブ以外にも意外と使う設備だ。教授の好きな絡繰仕掛けだけは施されている。

「『そういう配慮じゃなくて。あたしは心配だわ』」
(「手順を守ればアカデミーでも使用が許可されるものですから」)
「『じゃなくて。ヒマワリ脆いじゃない』」
(「もろい」)
「『脆弱性があるわ』」
(「ぜいじゃくせい……」)

 心当たりはあるし入院歴もある。

「『自覚しといてよね、あたしにはあんたが必要なんだから』」
(「はい」)
「『もうちょっと分かりやすく恥ずかしがりなさいよ』」

 鏡で見ずとも分かる。今の彼女は笑顔だ。完璧に作られた笑顔で、どこから見ても自然な表情で、隙がないことが何の悪印象にもならないベティフラだ。僕がどこにもいなくなったような安心感を覚えてしまう。

「『ヒマワリ。あたしが怖い?』」
(「あ……」)

 急な一言に、何も取り繕えなかった。表情も仕草も咄嗟の反応は何も形にならないのに、僕の身体を使うベティフラには何故か全て伝わっている。
 ……それでも、伝わるだろうかと考えてしまう。
 僕の表象*6が全て認識できたら伝わるだろうか。何も取り溢さず、ベティフラを傷つけずに伝えられるだろうか。

(「怖いです」)
「『そう』」

 ベティフラの体温がすっと下がる。かと思えば、すぐに弛む。ベティフラは何かを得て、僕は過ちを犯したのかどうかも分からないままだ。


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次話
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「『あ、そうだ。あんたに見張りを付けておくことにするから』」
(「見張り……?」)
「『ええ。また厄介な人間ちゃんとかにヒマワリが絡まれないように!』」
(「あの……?」)

*1:マルチタレント「高下駄子ちるる」。36話など

*2:つまり、実際に膨らませている

*3:光量の強いホログラム等が視覚に悪影響を及ぼさないように、あるいは個々の視野にセットアップされるデバイスに干渉しないように広域ホログラムは目の近くでは消えるようになっている

*4:ポッドと言っているが豆型ではない。豆型ではまだ、安定した水上静音低速移動が実現できていない

*5:放棄されたデータがほぼ無作為に保管・追加される非制限データバンクだ。内部は全く管理されておらず、法令違反にあたるデータも含まれるため、街民には少なくとも閲覧時と持ち出し時にデータをスキャンする事が義務付けられている

*6:「ひょうしょう」。脈拍、汗、体温、体内分泌物質、体臭、視線、瞳孔、震え、身体の揺れ、ぶれ、嗜好の変化、呼吸、歩幅、他者の反応、トラスツペラト反応、偶然性の事象への反応、嚥下、咳、感覚の鋭敏化、感覚の鈍化、手遊び、筋収縮、筋弛緩、痒み、痛み、鳥肌、眠気、覚醒、声にならない声、その他多くのものが様々なパラメータで示しうる、客観的に観測可能な人間などの内心の事。科学だが一世紀前の心理学ですら素人には扱えるものではないし、科学だからこそある程度偽る事もできる。奥深いテーマだが僕の専門ではない