(「もうすぐ日の出ですね」)
「『そうね』」
陽光に空は白み、雲を赤く染める。知覚できないほど細やかに影を薄めていく。元旦ではないけれど、ベティフラと見る「初」日の出だ。
「『ね、ヒマワリ、ちゃんと年末年始らしいアドホック・ライフ*1送ってた?』」
(「年末年始らしい……え、もしかして太ってしまいましたか?」)
「『違うけど。まだまだ自覚が足りないわねー』」
日付が変わる前から僕の部屋に訪れたベティフラは、新年の挨拶も一通りの手続きも全て略式で済ませ*2、きっちりと幽の引き振袖*3に身を包んでいる。外は寒い。これだけ着ているのに寒気が沁み込んでくる。
「『行ったんでしょ、初詣。自分で選んだ服で。いいなー、あたしも行きたかったなー』」
(「これから行きますが」)
「『それは違うじゃない。あーあ』」
ベティフラは自分の……僕の額にデコピンをした。
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前話(26話)
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ここには新年に関わる各宗派の神仏がおおむねアーカイブされているため、すでに初詣は簡単に済ませている。僕は神仏にこだわりがない上に2回目の参拝。ベティフラには色々しがらみがあるようだが、公式な挨拶は済ませているのでどこでも構わないらしい。結局混んでいない所を何ヶ所か巡り、近くのおみくじを回した。
ベティフラは意外と占い好きだ。根拠や正答率は置いておいて、人との話題作りやきっかけになるから、らしい。
「『小吉か。お守り買いましょ』」
福寿草やプリムラ*4のホログラムと共に吐き出された金色の紙片をさっと眺めてベティフラは言う。当然、僕にも見えている。
……
【願望】雌伏の時 目標から目を背けぬ事
【待ち人】来ない
【学問】今はただ基礎を固めよ
【健康】備え万全に 無理をせぬ事
……
「『やっぱりお守りが必要ね』」
(「そうでしょうか」)
「『見てみなさいよここ。【争事】。縺れる。信心を確かに』」
ベティフラに見つめられている。と、いうのは感覚優位表現だ。鏡を目の前にかざしていないベティフラは僕の顔を見る事ができない。
(「何のお守りを買うんですか?」)
「『破魔矢』」
(「はまや……」)
「『魔除け厄除け。あれとか良いんじゃない?』」
ベティフラが指差したのは僕の背ほどもある破魔矢*5だ。軽い素材だが大きいので流石に重みを感じる。部屋に置くだけでも苦労するはずだ。
「『身長プラス下駄分ってとこかしら』」
そういえば履いていた。
(「あの、ベティフラ……そんなに長いものを買わなくとも……」)
「『このくらいあった方が良いわよ。犬の躾も出来るわ』」
(「犬……?」)
ヒマワリ様。
呼ばれた気がして視界の端を探そうとすると、ベティフラが目をやった。焦点の合った視界の中に、恐ろしい勢いで近づいてくる赤髪にスーツ姿の人が見える。あれは、朝焼けさん……?
「『ステイ』」
ベティフラがスッと伸ばした破魔矢の寸前、矢の先に喉が触れそうな距離で、ぴたりと朝焼けさんは立ち止まった。
背ほども離れているのに勢いで振袖の引き裾が揺れる。一歩引いて、朝焼けさんは片膝をつく。
「『仕事が早いじゃない、ハウンド*6。終わったの?』」
「はい。終わらせました」
「『そ。後で報告してちょうだい。今は一言だけ許すわ』」
ベティフラは息を吐いた。
「新年のご挨拶を申し上げます、ヒマワリ様」
そういえば、1ヶ月以上朝焼けさんと会っていなかった。24日前の「ベティフラの日」も、忘年会も。何か、ベティフラの言う仕事に掛かり切りだったのだろうか。
(「ベティフラ。通訳をお願いします」)
「『しょうがないわね』」
ベティフラはもう一度息をつくと、口角を上げて僕の声色を真似た。
「『はい、僕からも謹んでご挨拶申し上げます。今年もよろしくお願いします。……それから、お疲れ様でした』」
「!」
「『ですって。目立つからそろそろ立ってエスコートしてくれない? あたし疲れてきたわ』」
「かしこまりました」
朝焼けさんは破魔矢を受け取り、空いた腕をベティフラに差し出す。ベティフラは肩をすくめて腕を取る。客観的に身長差を実感して当惑したのは僕だけのようだった。
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次話(1/22(月))
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*1:限られた非日常、くらいの意味。用途はハレの日に限らない
*2:ベティフラ曰く、新年の公式年始ライブの参加者は全員既に公式な正月行事を終えている
*3:「かすかのひきふりそで」。引き振袖は裾が長く、床を引きずるように着るため、なかなか表では着づらい。幽の引き裾はホログラムで裾を引きずっているように見せたもので、裾が汚れず外歩きにも適しているし、映像的な豪華さもプラスできる。最近では正月の格式高い正装として人気だ。結婚式のものとは細かな点でスタイルが違う
*4:プリムラ・ポリアンサ。プリムラ種の中では大きめの花をつける。電子辞書の受け売り知識だ
*5:祭具のため、殺傷性と重さが極力排除されたもの。殺傷性のある弓矢、矢尻、箆(の)等の特定用途以外での製造は固く禁じられているのは言うまでもない
*6:恐らく「猟犬」くらいの意味