山の端さっど

小説、仮想世界日記、雑談(端の陽の風)

我がモノ電子歌姫の「外の人」26

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前話(25話)
https://yamanoha334.hatenadiary.jp/entry/Diva.BettyFlyower_025
良い一年になりますように。
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 細かな雪が降っている。喜びの音だ*1

『さーむさむですねー』
「ええ……」

 もう一つ聞こえるのは、通信デバイスからの声*2

『ちゃんと防寒着着てますー?』
「ええ」
『わたしはあと3分……2分47秒で着きます』
「僕もです」
『ダウト』
「……あと0秒コンマ00で着きます」
『有効数字*3そこで良いんです?』

 年が明けてから、研究室のメンバー以外で知り合いに会うのは初めてだ。

『さあて、お待たせしました……あれ?!」

 からん、と黄色いかんざしの音。着物も黄色系で、落ち着いたデザインの花が散らされ、裾に黒猫が一匹丸まっている。昼でも光って見える特殊素材だ。ハロウィンの時ですら和装だったスタッフだが、今日はおそらく一段と力が入っている。年末会った時に初詣に誘われて、その場の空気で了承したのだ。近くの他のスタッフにも声をかけていたが、最終的に2人だけになったらしい。
 ところで、彼女が今僕を見て声を上げ、固まったのは何だろう。



「……わぁー、男装のヒマワリさん……!」



「?!」
「わたし、ちゃんとばっちりめかしてきて良かったですよー、これは。危ない危ない、偉いです今朝のわたし。並べないですもん、格差あると。帯も新調してて良かったぁ!」
「? あ、あの、僕はおと*4
「分かってます、分かってます。目新しすぎてちょーっと交感神経励起*5しちゃってるだけです! 目新しいだけですおのれおのれ! これは失敗しちゃいましたね」
「ええと……?」
「どーーーう考えても、この姿はベティフラ様が最初にご覧になるべきやつでしたよー……それとヒマワリさんこの服どこでお求めに?! 誰にアドバイス貰っちゃいましたー?」

 ぱっと僕に向き直る。

「和装だなんて普段のヒマワリさんと少しファッションの趣向が違うじゃないですかー。しかも柄付きアンサンブル*6! 誰の入れ知、いえ……誰の入れ知恵です?」

 何が問題だったのか分からないが、人を問い詰める時の語気だ。

「選んだのは僕で、入れ……アドバイザーというなら多分ベティフラです……?」
「おや?」
「いつの間にかパーソナライズ*7に大量の衣装パターンが登録されていたんです。僕以外に閲覧と一部権限を持っているのはベティフラだけです。僕のファッションセンスを危惧して似合う服の傾向を登録したのではないかと」
「……ほほう」
「それで、新年に人と初詣に行くのが久々で、和装で来られると思ったので……衣装パターンを基に自動で提案された衣装デザインの中から、一つを選んで注文しました……」

 ベティフラの判断に狂いはないと思うが、パーソナライズ任せというのはかなり恥ずかしい。自信もあまりない。

「変でしょうか?」
「いえ似合ってますよ、さすがベティフラ様とヒマワリさん。でもギリセーフとアウトが組み合わさっちゃってわたし的には結果アウトですー」
「アウト?」
「ヒマワリさん。次から、新しいファッション試す時は、まずベティフラ様にバーチャル試着データをお送りしちゃいましょー! それが一番間違いないです」
「そ、そうですか」
「絶対ですよ」

 ベティフラに自分からファッションチェックを頼む場面が想像できない。全く。

「ささ、せっかくですから隣どうぞ。……わーアリ……わー怒られる……」
「大丈夫ですか……? あの、」

 思わず名前を呼ぶと、スタッフの足が止まる。

「わたし、仲間内では『支子』って呼ばれてるんですよ。くちなし。ヒマワリさんもこれから、そちらで呼んじゃいません?」
「支子、さん、と?」
「イエス! 結構好きなんですよね、ヒマワリさん周りの色符牒。向日葵も色名ですしヴェールとか灰色とかシアンとか桜とか支子とか」

 もう用例に加えられている。

「狙って色にしたわけでは……」
「色覚優位*8って事じゃないです?」
「そうでしょうか」
「ですです。ちゃんと良いカラーの服も選べてますよー。これならベティフラ様着るでしょうし」

 しばらく僕は固まった。

「ベティフラが……これを着る……」
「ヒマワリさん? おーい? 余計な事言っちゃいましたね」
「異性装……いえ、ベティフラは性別が明言されていないので、そうはならない……? 今度から高価な服を買う時はベティフラに事前に連絡します……」
「ああ……そっちの意味で言ったんじゃないんですけどねー……」


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次話
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「……あ、あの。お召し物、支子さんもお似合い、です」
「あーあ、減給です絶対減給」
「えっ?」

*1:開拓者、環境学者らによる1世紀余りの努力は、この星に語彙を与えた。細雪の降る音は「この空の喜び」、積もった雪を踏む軋むような音は「この地の目覚め」

*2:現実的には、デジタル再現された音。アナログとは違うが、人間の耳では肉声との違いを聴き分ける事が難しい

*3:世界に対する解像度を示すには小数点以下に0を入れれば良い。それだけで解像度が上がるわけではない。測定限界のせいだ。0.1までしか十分に計測できない機器で測ったものを0.10と言うのは、たとえ正しくとも意味がないか、不適切だ

*4:カテゴライズ不能なほど多様な性が明らかにされ、マイノリティが発言力と地位を持つ現在でも、なんとなく便宜的に男女という表現は使われ続けている。身体的または心理的にどちら寄りかを示して区分すると便利な場面が多すぎる

*5:「れいき」。高エネルギー状態。選択科目の用語を使いたがるのは専門家の癖だ。単に口癖でもあり、説明不要で手っ取り早く「身内ネタ」会話をする逃げ癖でもある

*6:着物の上に同系統の羽織を重ねるスタイル。洋装でいうジャケット姿らしい。さまざまな着物と合わせられるようにと落ち着いたデザインが好まれる羽織に、強い柄を入れるのは挑戦だった

*7:個人の興味・嗜好情報を収集し、合わせたサービスを提案・提供するシステムの略称。通常は個々人とビッグデータ匿名収集システム以外には公開されない

*8:知覚の優位性の話。情報を得やすい五感は人により異なる。大別するとVAK、視覚と聴覚と触覚や身体感覚。視聴覚に全く支障はないが点字書を用いた方が効率的に学習が進む人が存在する事も報告されている