山の端さっど

小説、仮想世界日記、雑談(端の陽の風)

我がモノ電子歌姫の「外の人」25

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前話(24話)
https://yamanoha334.hatenadiary.jp/entry/Diva.BettyFlyower_024
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『--さーってと! 始める前に、お約束だから全局共通で言っておくわよ。【本日この放送はベティフラ休止中につきライブではありません! ライブ要素はコピーAI*1の応答でお届けするわ!】よろしくね! じゃ軽く3曲くらい流しましょっか! 録音だけど全部昨日の録り下ろしで初めてのアレンジよ? 少しゴージャスにしてみたの!』

「あっ?!」

 ぽてっと蜜柑の塔が崩れる*2

「失格」
「あー落とした……もうちょっとで新記ろ」
「ハイハイよけてー。手本ってやつを見せてやりますよ」
「さっき3段で終わった人が何か言ってる」
「あっ」

 ぽてっ。

「年末ですねー」
「そう、ですね……」
「? いかがしちゃいましたヒマワリさんー?」
「いえ。今日はお誘いありがとうございます……」
「どうしたんっすか、また改まって」
「その」

 慣れない雰囲気に僕は身じろいだ。
 ベティフラサポートメンバーの希望者による「お泊まり忘年会」は参加者が多いようにと今日、ベティフラのメンテナンス休止日に行われた。お泊まりと言っても、メンテ完了対応のため日付が変わる前頃に去るメンバーも多い。逆に入れ替わりで仕事が終わって来るメンバーも、多い。こんなにリアルで人が集まる場に加わる機会は、あまりない。

「? ハロウィンの時もそうだったじゃないすか」
「感覚的距離感が違う、といいますか……」

 全く知らない、相手からも認知されない人というのは、互いに無関心で良い相手だ。相手を認識するのに情報処理のリソースを割かないし、相手に与える情報を気にする必要もない。言い方が悪いのは分かっているけれど「接近する物体*3」だ。
 彼ら彼女らとサポートスタッフと、何が違うとはうまく言えない。あまり話した事のない人も、会った事もない人もいるのに。

「……あら」
「ん?」
「およ」
「不覚」
「うゎ」
「あー」

 数人のメンバーがパッと顔を上げた。デバイスに連絡が飛んだらしい。

「ヒマワリ様ヒマワリ様、ちょっとこっちに」
「フォーメーションBお願いしますー」
「フォーメー……何ですか?」
「こちらこちら。ほんと大した事じゃないですからー」

 蜜柑積み大会Bグループ会場……奥から2番目のこたつポッド*4の中に、いや、こたつの中に僕は導かれた。

「あ、あの?」
「まあまあまあまあ」

 センサーが働いて空気が循環され、こたつ内の温度が下げられる。満杯に人が入っているわけではないから、中には余裕がある。完全に僕が見えないように布をかけ、Bグループは何もなかったように蜜柑を積み始めた。



「こんにちは」

 聞き慣れない、はっきりした声。感覚的な印象は冷たく甘い。

「あれ、どちら様ですか?」
「あら、わたくしを知りませんの? 結構な有名人と自負してますけど」
「参加者リストの中には居ませんねー」
「ですから、この顔で分かりません? わたくし、どなたかと違って電脳空間でも素顔で活動してますわよ」

 手元の端末が声認証の結果を表示する。最も声の似ている人は、【高下駄子ちるる】。マルチタレントと紹介されているのを被識拡大プログラム*5中に聞いた事がある。何故かこたつの外からユニコーンのぬいぐるみ*6が差し入れられたので受け取る。

「ですから、ここ身内だけの集まりなんですよ。ほら、こんなに小さい部屋で」
「嘘おっしゃいな。あなた方、去年は向こうのフロアの部屋だったでしょう? 今年はどうして警備ありの竹フロアなんですの?」

 蜜柑を積む音が上から聞こえる。積極的に音を立てている。カモフラージュでもするように。

「中に本当にあなた方裏方だけで、誰も居ないというのなら。中を確認しても良いはずでしょう」
「まあまあ、身内の水入らずな集まりですからぁ」
「あなたでは話になりませんわね。主賓を呼びなさい」
「主賓を?」

 ふん、と鼻を鳴らす音がかすかに聞こえる。

「主催は居ないでしょう? 『休止日』なんですものね。だから、わたくしの相手が出来る人を呼んで来なさいな」
「何か行き違いがあります。高下駄子様のお話し相手をされるような方は参加してませんよ」
「あら、ベティフラは自分の手下の不手際の始末もつけられないのかしら? 12日に1回も休む大層なご身分なのに」
「その言い方は……」
「別に隠していても構いませんよ。ベティフラが来て謝罪してくれると言うなら、1時間でもわたくし待って差し上げます。……ああ、でも1時間じゃあ流石にメンテナンスは終わらないわよねえ? 残念ね。今すぐ対応して」

 喉が渇く。こたつの中に入っているからではない*7

「……今すぐですね。はいはいはいリョーカイですっと。ベティフラ様ー」
「今接続します」

 急にサポートスタッフが明るい声を上げた。別のスタッフも室内から声を掛ける。

「そいっと」



『--あら、あらあら。ごきげんよう、下駄子ちゃん。主催が来たわよ。予約がないから貴方の席は用意してなくて申し訳ないわね?』

 ベティフラだ。



「ふん。あなた、コピーAIじゃありませんの。大した権限もないくせに、わたくしに何を言いにいらしたんですの?」
『--そうねー、コピーだから大した権限は無いわ。警備に連絡して事務所に連絡入れて、皆を守るためにちょっと大ゴトにしちゃうくらい? 下駄子ちゃんにうちの人間ちゃん達が脅されてるぞー、助けてーって』
「ふん。そのような事をすれば、事務所から名誉毀損で抗議いたしますわ」
『--そうよね。後が面倒だわ。だから今日は「父さん」に任せてるの』



『--はいはーい、呼んだね、ベティフラ』

 聞こえるはずのない声が聞こえた。



「えっ……」
『--中から聞こえてたよ。ちるるくんだよね。主賓は僕です、白田寛ロク。年納めに元気な君に会えて嬉しいですよ』
「白田?! ど、どうしてあなたがここに!」
『--どうしてここにって、僕は君と違ってリモートなんだから、どの場所でも参加は簡単じゃないか』
「そちらではありませんわ。あなた、まさか現場を抜け出していらしたんですの?!」

 白田寛ロク……ベティフラの「自称父」は今、生放送番組にリアルタイム演算で出演中のはずだ。

『--人間くんは真面目だなあ。僕らは稼働演算の20%くらいしか人格出力に容量を使ってないっていうのに。まあ、常に動いてる基礎演算の割合が多いから当たり前だけどね。つまり、少し良い媒体に接続して130%くらいまで容量上げたら、2つの人格体プロジェクトを独立に稼働させて、仕事しながら忘年会に出るのも可能なんだよ』
「そんな事……許されませんわ。仕事を何だとお思いですの!」
『--まあまあ、落ち着いて。仕事中にAIが分裂人格*8を使って「娘」のお世話になってる人たちの忘年会に参加しちゃいけないってルールはどこにも制定されてないでしょう、今年時点では』
「無茶苦茶ですわ……」
『--ベティフラも同意見らしくてねー。何でかな? 外聞悪いからあんまりバレないようにって、ちょっと良い部屋を取ってくれたんだよ』
「無茶苦茶ですわ!」
『--そうそう、君が最近ご執心のアイドルくんはプライベートじゃベティフラと親しくないから、忘年会にこっそり呼ばれたりしないよ。多分だけど、この建物内に居るならもっと監視が厳しい松フロアじゃないですかね。関係者以外は受付脅しても絶対に入って来れない、松フロア。事務所がしっかりしてるよねー』
「な……な……」
『--あと何か言う事あったかな? ベティフラ』
『--あと何か、じゃないわよ「父さん」。あたしの伝言してない事ばっかり喋ってるじゃない。コピーAIでも怒るわよ』
『--コピーAIでも「娘」には嫌われたくないなあ。……おや、ちるる君行っちゃった?』
『--魔除けが効いたわね』
『--魔除けって僕のこと?』
『--しつげーん。でも本当に感謝してるわ、「パーパ」っ。ありがと。それじゃまたねっ!』

 静かなログアウト音が鳴る。

『--あーあ、もう行っちゃった。つれないなあ』
「白田さん、ありがとうございました!」
『--苦しゅうない! なんてね。それじゃあ、安全になったところで、折角だから皆にご挨拶していこうかな。ね、ヒマワリ君』
「はぃっ?!」

 こたつからまだ頭を出した所だった。慌てて抜け出すと、近くのスタッフから蜜柑をひとつ渡される。要らない。

『--君か! 君だね! 握手しようヒマワリ君! 握手握手!』
「はっ、はい……初めまして?」

 ユニコーンの頭に蜜柑を収めてなんとか手を伸ばす。画面から簡易に差し出されたホロ握手に質感はない*9

『--はいぎゅー。今日は邪魔しないけど、今度ゆっっっくり話しようね』
「え」

 にこり。触感も温度もなく、握手を終えて接続が途切れた。



「……っあー怖ぁ!!! ヒマワリさん大丈夫っすか?! こたつ狭かったっすよね」
「え、い、いえ」
「さあさあこっちに。向こう煩いですしこっちでゲームでもしましょー」
「えー煩くないよ」
「いやいや、こっちにくださいよ。PL*10一人足りないんで」
「解散」
「待って本当に! まだ俺ら諦めてないから」
「蜜柑落ちたっ」
「オーガ君とウィスプさんもあげますから! そしてあわよくばちょっとほっぺ触らせてくれません?」
「?!」



 しばらくの騒ぎを経て、僕は黄色のかんざしを差したスタッフと、喧騒から離れた席に収まった。

「皆さんはしゃいじゃってるんですよー。レアモンスターが出たので?」
「レアモンスター……」
「ヒマワリさんと白田モン」
「しろたもん」
「タイトルみたいですねー」
「……ああ、そうですね……」

 こういうところかもしれない。
 人間らしく機嫌が変わりやすい、人間ではないAIと、そのコミュニティ。技術革新がどうと言ったところで、まだ24日に1日も定期メンテナンスが必要な世の技術レベル。僕のようなイレギュラー。それらに対処し続けるスタッフは、想定外に慣れている。それが心地良さの理由だ。

「ちなみに、ちるモンはコモンモンスターですよー」
「えぁ……」


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次話 1/4更新
https://yamanoha334.hatenadiary.jp/entry/Diva.BettyFlyower_026
良いお年を。
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*1:低容量高反応性の人格コピー。大した権限はない。応答パターンは多いが、おそらく、昔流行した「オウムAI」のような簡単なロジックのものだ

*2:先ほど5分程で制定されたルールによる四角蜜柑積み大会Cグループ初戦だ

*3:現実を認識する視覚に制限を掛けるデバイスの装着時には、様々な補助機能が展開され装着者の安全を確保する。僕の研究室にも視覚制限デバイスがあり、わりと最近まで聴覚アラート部の機能が旧型のままになっていた。人の接近を他の場合と区別せず、『物体が接近しています』と警告してくるタイプだ

*4:無くとも暖房性能には何ら問題ないのだが、ポッド用こたつガジェットは冬場の人気が非常に高い。気温に拘らず夏の終わりから設置する人も多い

*5:現代社会は何から何まで個人の嗜好に合わせた情報ばかりを摂取できる構造になっている。それが普遍的認識構成の妨げになっているとして、緩和の為に導入されているのが「心の健康政策」の一つ、被識拡大プログラムだ。情報収集のパーソナライズが日々行われるのと同時に、個人向けにカスタマイズしていては入手されにくい情報や、一般的な感覚形成のために必要な情報をまとめた番組などがセレクトされ、被識拡大プログラム内に蓄積される。表裏一体の仕組みだ。被識拡大プログラムは定期的に一定時間摂取する義務が課されている

*6:抱くと柔らかい

*7:生命反応、特に呼吸器がこたつ内に入ったのを感知すると、こたつ類は安全装置を作動させる。火傷や過度の乾燥から守る為だ。長時間の滞在や睡眠状態を感知すると、用途外使用事故を避けるため今度は電源が切れる

*8:白田寛ロクの説明があった通り、根幹システムのリソースを共有した同一意識体として存在するものを指す。コピーAIや僕の身体を用いている時のベティフラの状態とは全く違い、お互いの意識体はリアルタイムで情報の交換や相互判断が可能だ

*9:片方のみがホログラム姿で握手をする場合、ホログラムに擬似質感を付与し、握手しているかのような圧感覚を相手に与えるのが一般的だ。ホログラム同士の握手でも悪干渉をすることはない機能のため、圧感をオフにしているのはわざとだろう

*10:「ピーエル」。プレイヤー。ざっくり言えばゲームの参加者