山の端さっど

小説、仮想世界日記、雑談(端の陽の風)

我がモノ電子歌姫の「外の人」15

「『Happy Halloweeeeeen!!! Boo!』」
「ブーブー! トリックオアトリート!」
「受け取れトリート」
「いえーぃうーらめしやー!」
(「お、おー……」)

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前話(14話)
https://yamanoha334.hatenadiary.jp/entry/Diva.BettyFlyower_014
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 10/30、ハロウィンズイヴだ。明日にはベティフラはじめ有名バーチャルアバター計31人の盛大なハロウィンバラエティ24時間放送が控えているが、今日は12日に1度のベティフラのメンテ日。街は当然、行儀良く明日に備えたりなどせず既にフェスティバル色に染まりきっている。匂いも甘い*1

「『いえーいっ!!! ヒマワリもテンション上げときなさいよ、ハロウィンよハロウィン!!! 夜市全制覇しちゃうわよ!』」
(「そ、うですね……」)
「『あらなぁに? その返事。この仮装気に入らなかったぁ?』」
(「い、いえ。似合っていると思います」)

 ベティフラは僕の身体を完璧に作り上げていた*2。ヴァレーブラックノーズシープ*3風のもこもこしたドレスをまとった姿から、僕はずっと目が離せない。ベティフラが鏡から目を離さないから。ポーズを取らずともあちこちに散りばめられた向日葵のデザインには気づいている。……これも、あのデザイン会議で決められた服だろう……

「『まーた余計な事考えてる。あたしがここに居るのに』」

 ベティフラは一瞬で不機嫌に……なっていない。かすかにニヤリと笑った。

「『「角笛」、Trickよ』」

 鏡面に、大きな作り物の角笛を背負ったケルト風な仮装の人が映り込む。朝焼けさん、と思う間に、慣れた動きで抱えられて、あっさりと肩車をされていた*4

(「えあ」)
「『あたしをガッカリさせた罰として、コレでしばらく行くわよ』」
(「?! そ、それはダメです」)
「『だーい丈夫よ! 外出たらこんなの、悪くも良くも全然目立たないもの』」

 ベティフラは紫に染められた朝焼けさんの髪に触れる。普段の僕なら絶対に無理な角度だ。

「『さーて、背が伸びたご感想は?』」
(「は、はぶぁぶーてぃふるはろうぃん*5……?」)
「『他人面しなーい。あんたも一緒よヒマワリ。一蓮托生』」
(「……はい……」)

 正しく一蓮托生だ。



 外に出ると、確かに、僕らより背の高い集団はいくらでも居た。大抵が飾り付けた遊歩用移動ポッド*6に乗っているが、大型ドロイドに担がれて乗っている人もいるし、飴売りのワゴンがクルクルとディスプレイを回し、遠くには大型の移動舟が見え、本当に認可済みか怪しい撮影用ドロイド風船を掲げて浮遊している人も……気をつけないと誰か怪我をしそうだ。ベティフラの周囲を詰めるSPやサポートスタッフも多い。

「ぶーぶー! がおー! ぐるるるる!」
「超野生動物」
「ドリンクもう一杯〜」
「うーらーみーはらさでー!」
「パンデムエルトアタック!」

 ……気合が入っている。

「うふふ。今日のメンバー選抜、かなーーりレート高くて過酷だったんで。Treat!」

 グネグネ曲がったチュロスをベティフラに差し出しながら和風魔女姿のSPが言う。ベティフラは手で受け取らず、上半身を深く寄せてそのまま噛み付いた。

「『美味しっ』」



 当たり外れの差が激しい屋台を食べ歩き、買い歩き、時おり巻き起こるゲリラパレードやレイヴじみた喧騒に呑まれながら練り歩く。「この仮装をしたドロイドを見つけたらスイーツプレゼント!」なんてイベント情報が回ってきたが、この中からは絶対見つけられないだろう。ホログラムの花火が空から転がってきたら適当な方向に弾き飛ばす。イベントポイント*7が溜まったら奇抜なお揃いのデザインにすぐ引き換えてしまう。知っている人たちと共に居ると、それだけの事が楽しい。街の雰囲気はそれだけ浮かれた気分になるのを許してくれる。普段絶対に話さない事までうっかり話してしまう。

「『…………ハァ?! ってことはヒマワリ、まさか夏のあたしのホラー企画そんな雑に観てたの? 作業動画みたいに? 昼間? 体感型端末で同時刻視聴一択でしょう?!』」
(「それは流石に……」)

 わずかな量だがベティフラはアルコールを口にしていた*8

「あー、ヒマワリさんも無理でした? 最恐ホラーのやつは得意な人じゃないと厳しいですよね。ベティフラさんの悲鳴も面白いってより怖かったです」
「俺は観れましたー。はい皆挙手ー……ダメだった人の方多いですね、意外と」
「鬼修羅」
「バームブラックストライク!」
「『信じらんないわ。あたしはあんなに体張ったのに! ヒマワリの裏切り者!』」
(「揺れ、揺れてます体が」)

 朝焼けさん……角笛さんが難なく支えてくれる。

「『というか、ヒマワリも大概苦手なんじゃない、ホラー。あたしより下だったりして』」
「ベティフラ様、それは」
「『どうなのよ、ヒマワリぃ?』」

 その時の僕は場の雰囲気に酔っていたとしか考えられない。

(「……ベティフラほどではないです」)



 憤りを明言したベティフラは誰の制止も聞かず近くのホラーハウスに突撃した。



「『ひぃぃ嫌ぁぁぁぁあああっ!!! きゃあああっ! あっち行ってえぇ!!!』」
「ベティフラ様、そちらに行くと逆に近づいてしまいます」
「『やっ、やだぁあああああっ!!!』」

 ハウスといっても直接巡り歩くタイプのものではなく、2、3人ずつ大型デバイスで演出される仮想空間内を進むタイプのものだ。流石に肩から降りたベティフラの隣には自然な成り行きでエスコートする朝焼けさんが居る。腕にしがみつき進むまいとするベティフラすらこのようにうまく歩かせるのだから、気絶して重く寄りかかってくる人なんかを運ぶ業務は簡単だろう。

「『ひぃっ、ひ、ヒマワリ、静かにしないで』」
(「は、はい……えと」)
「『みっ! ちょっ、ちょっとやめて、黙んないでよ! ヒマワリはずっと喋ってなさいよぉ……』」

 怖いと黙るタイプにそれは無茶だ。ベティフラの恐怖と緊張が伝わるせいか、僕も引きずられて普段より怖く感じる。

「……ベティフラ様、こちらの道が近そうです。ヒマワリ様は何と?」
「『別に何も言ってくれな、っああああっ!!!」

 がたり。ベティフラの横で柩が揺れる。閉塞感のある廃墟ステージは暗く、今にも何かが出てきそうだ。いや、今、視界の端にすでに……。

「足元にお気をつけください。怪我をしては大変です」
「『気、気くらいつけてるわ。そもそもココで多少暴れ回っても何が出てきてもただのデバイス内だから大丈夫だもんね、し、知ってんのよ』」
「万が一があります」

 朝焼けさんが下に注意を向けたおかげでベティフラは気づかなかったらしい。後ろからゆっくり迫ってくる演出のように見えたがこのペースで大丈夫だろうか。
 ……と、何故か身体がふわりと暖かくなった。ベティフラが恐怖のことを忘れ、引いていた血の気が戻ってきている。

「『ちょっと? 今の言い方わざとよね?』」

 ベティフラは恐怖で細めていたはずの目を朝焼けさんに向けて見開いた。朝焼けさんも見つめ返す。何が起きたのか、ふたりともホラー演出の音や照明に気づかないほど集中している。

「何の事でしょう、ベティフラ様」
「『あ、その反応隠す気ないでしょ。露骨に挑発してんじゃない、お優しいこと!』」
「……」
「『沈黙は肯定ってわけ。まあ、あたしは構わないけど。あんたもヒマワリの事分かってないわよ。清々しいくらいにね?』」
「そうは思いませんが。思いません」
「『あら自信』」
「ではベティフラ様は自信がおありで?」
「『あーもう全く、趣味が悪いし質も悪いわ。ヒマワリが勘違いしてるのを良い事に――』」
(「あの!」)

 我慢できずに僕はベティフラに呼びかける。

(「時間制限無しではありますが、流石に先に進んだ方が……」)

  ベティフラは気づいていないが、先ほどの話の最中、後ろから迫ってきた骸骨に背中を何度か軽くつつかれていた。脅かしパターンは立ち止まっている間に尽きてループし始めている。申し訳ない気になるし、ふたりが何故か険悪なムードになっているのも嫌だ。

「『あ……』」

 恐怖を思い出したベティフラは後ろを振り返ってしまい、発声法の手本のような豊かな悲鳴をあげた。





「『あぁあ、もう無理嫌だわ皆集合! あたしから絶対離れないで! 背中! 後ろ守って!』」

 ホラーハウスを飛び出るなりベティフラは招集をかけた。少し離れていただけなのに、再集合したメンバーの衣装には飾りが色々と増えている。誰かがベティフラのドレスにも星型のキャンディを飾った。隙間なくベティフラを囲んで、また僕らはダラダラと練り歩き始める。

(「……あの、ベティフラ。僕の名前が出ていましたが、先程の話は一体……」)

 ベティフラは少し困った表情をした。

「『んー、まあ、まだ良いわ。ヒマワリには秘密』」

 僕が聞かない方が良い話だったらしい。このふたりなら後でいくらでも仕切り直して話せる場があるだろう。

「『ヒマワリって本当、引き際良いわよね……』」
(「そうですか?」)
「『褒めてないから。あんたも思うでしょ? 角笛』」

 朝焼けさんは黙ったまま少し微笑んで、コウモリのぬいぐるみをベティフラの肩に乗せた。

「まぁまぁ難しい話は後にいたしましょーよ、ベティフラ様」
「あっちメッチャ光ってますよ! 行きましょう!」
「蛾」
「ジャックオランタンサイクロン!」

 夜はまだこれからだ。


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次話
https://yamanoha334.hatenadiary.jp/entry/Diva.BettyFlyower_016
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*1:緑化コンクリートの散布剤にイベント用の香水が混ぜられている。感覚過敏に配慮した程度のものだ。僕の住む街の香りには桃とブドウが混ぜられているが、これからベティフラが繰り出す街はナッツと林檎の香りだ

*2:ほぼ訳も分からず10時間近く手入れをされて飾りつけられていた今日だけではない。23日間、食事制限や運動、エステ通い等々が細かく課せられていた。1食だけケーキを食べる機会があった。美味しかった

*3:数年前、動画でたまたま動いているところを見た時、僕はショックで端末を取り落とした。まさに「動くぬいぐるみ」だった

*4:後から落ち着いて考えれば、ベティフラがこの体を動かしているのだから負うのは楽だったはずだ。いくら朝焼けさんでも望まない人を簡単に肩車するのは無理だろう

*5:"Have a BOOtifle Halloween. " 「楽しいハロウィンを過ごしてね」くらいの意味。挨拶に用いられる定型文のスペルを一部書き換えて、人を驚かすときの擬音Booを入れたハロウィン限定の言い回し

*6:ポッド、つまり豆粒のようなデザインの製品が多いのは、現代デザイン界があまりにも長く「流線型神話」を持て余してきたからだ、と研究室の後輩に聞いた事がある。後輩自身は豆型椅子のデザインを唾棄しているそうだ

*7:観光施設や資源を利用するごとに付与されるポイント。街単位で定められている。ポイントを引き換えることで電子空間用アクセサリーや引換券、記念品などが入手できる。ハロウィン期間はイベントエリアを歩くだけでも桁外れにポイントが貯まっていく

*8:僕の身体の許容量の10%にも満たない量。これだけで酔う事はまずあり得ないが感情が振れやすくなっているのは確かだ