山の端さっど

小説、仮想世界日記、雑談(端の陽の風)

我がモノ電子歌姫の「外の人」31

「わお、マジだ居る」

 声と同時に、横からシアンカラーのキャップを被せられたのは外出中の移動中だった。目の前が一瞬煌めく。顔面部にホログラムが付与される機能付きのアイテムだ。おそらく人相の印象を変え、誤魔化す為に*1
 ビルの上からくるりと降りてくる身体は小さく軽やかだ。魚が描かれた改造エアガンのワイヤーをうまく扱って、目覚めの音*2ひとつ立てずに雪面に着地する。

「さ、桜さん……?」
「しっ。帽子取んないで。誰見てるか分かんねーから」

 昨年末に農園で会ったあの子だ。チーム「レイニーグレール」のメンバー。神出鬼没。

「ちょっと付き合ってくんない? 先生がヤベーの!」
「え、先生って」
「アニヒレスト!」

 イコール、白藤さん。レイニーグレールの「先生」で、手続きはまだだが、僕の研究室の一般研究生。

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前話(30話)
https://yamanoha334.hatenadiary.jp/entry/Diva.BettyFlyower_030
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 シアンカラーのリストバンドから出力される腕の血脈パターン*3を認証に、平坦なビルの壁面から何故か寄木細工のようなからくりで現れた隙間を通り地下に入る。隠し扉が閉まると、もうどこにあったのか分からない。

「うわ、焦ったー、大人通れる通路残してて良かった! ここで会えると思わなかったからさ」
「僕も遠出中に会うとは思いませんでした。それで、あの……白藤さんに」
「その呼び方してんの? 先生、俺達にはそう呼ばせてくれないんだけど。ガキ扱いしてくるんだよなー」
「何があったんですか?」
「とりあえず今はユクエフメー。生きてるのは分かってるけど」

 リストバンドを指差している。何か信号かバイオリズムが届いているらしい。

「位置情報は分かんない。あのー……活動してて。いつも通りさ」
「はい」
「うちのボスが忙しいタイミングで、先生の出番があってえ……普段は先生、出ねーんだけど……そん時他にメンバーが、居なかったり出れなかったりで……」
「……」
「……俺がバカだったんだ。俺には出るなって、先生が大丈夫だから任せろって。ホントバカ。マジで。考えたらおかしいって分かったのに。せめて周囲警戒してたら逃げられる事なかったんだ。先生がああいうコト言っても絶対二度と信じない」
「……誰かに、連れ去られたんですか」

 聞くと頷く。肩が震えている。

「今メンバー少なくて、俺、どうしたらいいか分かんなくなって……この辺りであんたの顔見たって捜索メンバーから聞いて……」

 ……何を言っていいか分からない。

「……助けてくれる?」
「僕に、出来ることでしたら」

 ……桜さんを前にすると、なんとなく口が軽くなってしまう気がする。

「じゃあさ俺ら、人手が欲しくてさ」
「?」
「あの……あいつ、いたじゃん。夕方みたいな色の髪とかしてた」
「あれは、朝焼け色のコーデかと……」
「アサヤケね。じゃそう呼ぶ」
「……?!」

 背後に気配を感じて振り向くと、朝焼けさんが地下通路の奥から現れた。
 どちらかというと穏便な状況らしい。後ろに1人レイニーグレールのメンバーらしき子供がついているし、2人とも怪我や拘束の様子もない。ただ、メンバーの方は不満そうな表情だ。その顔のまま、桜さんと合図を交わし、ジロリと僕も見て床の仕掛け扉を開くとスッと降りて行った。

「どうしてこちらに……?」
「ヒマワリ様、ご容赦を。年末より、『ゲヘナ』の終息確認のためレイニーグレールと接触しておりました」
「えっ……あ」

 初詣に行った時のベティフラの言葉を思い出す。仕事。

「今日は最終確認の予定だったのですが、面倒事の最中でした」
「人が忙しくしてる時に来て業務外だって何も手伝ってくれなくて困ってたんだよなー、正直! 帰らせるか手伝わせてくれない?」

 ……もしかして僕はこの為に探されたんだろうか。

「アサヤケには帰ってもらいなよ。邪魔。あー、アンタはまだダメ」

 先ほどのメンバーが今度は背後の壁の影から現れた。不機嫌そうな声色で僕に小さな袋を手渡してくる。

「?」

 中に入っているのは小さな粒だ。生物分解プラスチック製の、玩具の銃で弾として使うタイプの。とても見覚えがある*4

「現場の遺留品のアーゲリ品。調べらんない」
「手がかりですね。アーゲリとは?」
「あー、『アーティスト・ゲリラ*5』。ゲリラプランナーの事。あいつら大量にあんの」
「調べてみます」

 ゲリラプランナーの落とし物なら、あの緑化コンクリート破壊型の植物種子が入っているだろう。中身が分かれば白藤さんを誘拐した団体が特定できるかもしれない。場所が絞れる。

「白ふ……『先生』の研究設備に特殊なルーペやスケッチ道具のようなものはありませんか」
「あ、俺見た事ある」
「そちらまでお願いします。それと……」
「ヒマワリ様。お手伝いいたします」
「ありがとうございます。行きましょう」



 壁の隙間から通路に抜け、自走式のポッドに桜さんと3人で乗り込んで移動する。通路の途中で何故か止まった、と思えば、そこにはまた別の通路への道が隠されている。

「凄い仕掛けですね……」
「それよりさ、ヒマワリって俺も呼んでいい?」
「え、ええ」
「やった! ヒマワリってもしかしてボンボン*6?」
「はい?」
「だったら何ってコトないけどさ。なんかスッゲー育ち良さそう」
「いえ違います! あの、一般人です」
「えー、様って呼ばれてんのに?」
「それはその……『先生』みたいな専門職の呼称のようなもので……」
「ソレ一般人じゃなくない? ま、いっかー」

 助かった。ベティフラの事を話す訳にはいかない。
 話はそこで終わり、その後も何度か隠し通路に騙されながら「先生の研究室の一つ」にポッドは到着した。



 入ってすぐ、机上にシステマスケッチセット*7は見つかった。白藤さんは普段からスケッチをしているらしい。近くの記録紙に数パターンの植物の種のスケッチも残されている。団体名らしいものの記載がある。

「これ、もしかして各団体の使う種子をスケッチしたものでは?」
「ホントだ!」

 すぐにルーペを立ち上げ、汚染に気をつけてプラスチック粒を開封する。思ったよりぞんざいに種子が入れられていた。ルーペを当てると、調整する必要もなく焦点がすぐに合う。

「この形は……この図の種子です」
「うっわ、反パペ」

 桜さんが顔を歪め、焦った様子でメンバーに連絡を飛ばす。朝焼けさんがそっと耳打ちしてくれた。

「パーペチュアル系、電脳空間を過剰賛歌し、あらゆる物のデータ化と実像の破壊を目的とする違法組織です。文明の破壊と自然回帰を目論むゲリラプランナーとはしばし対立します」
「ああ……」

 パーペチュアル系と対立が激しいゲリラプランナー。過激な団体が想像できる。壇戦期*8にもこういった思想の対立構造は起き、激しいいさかいに発展したと聞いている。

「もしかしてアニヒレスト……絶滅させる、というのが、彼らに通じるところがあるんでしょうか」
「恐らくは。両方の教義に使える技術ですから、『アニヒレスト』を協力者として手に入れる為の誘拐かもしれません。もしくは」

 言われずとも分かる。スケッチが残されていて、ルーペは種子観察用にセットされている。
 レイニーグレールも何らかの理由で、ゲリラプランナーの事を探っていた。その反撃に遭った可能性もある。

「いかがしますか?」
「……」
「お望みなら、私の持つ情報を彼らに渡せます。『戦力』を貸すこともできます」
「……それは」

 それは。
 それは領分を越えていないだろうか。
 僕のしてはいけない事ではないだろうか。

「ぼ……くには、無理です。それをあなたにお願いする事は。権限もないですし」
「そうでしょうか?」

 ……例えば。ベティフラには、レイニーグレールを調べるように朝焼けさんに指示を出す権限があるらしい。ゲヘナの件では、グレーな事をして僕の我が儘を叶えてくれた。初詣の時の支子さんの言葉を信じるなら、僕はプライベートでベティフラに連絡を取ることができる。

「でも、それは……」

 灰色さん*9に匿名で通報する事はできないだろうか。ダメだ。状況を正しく説明できないし、万一白藤さんが一緒に捕まってしまったら、研究生にはなれない。
 レイニーグレールの戦力が戻ってくるのを待つ時間はあるだろうか。分からない。そもそもこの高速化する現代、人が攫われて、1日無事でいる確率は何%だっただろう。統計局のデータを思い出したくもない。

「お願いします。ベティフラに連絡を繋いでください。白藤さんを助けてください」
「かしこまりました、ヒマワリ様」

 朝焼けさんは少し微笑んだ、ように見えた。



「……ええ。勿論です。……次回? はい、何でも構いませんが……はい。では……ありがとうございます、ベティフラ」

 電話を切って、朝焼けさんに目配せをする。朝焼けさんは頷いた。

「では、ヒマワリ様は一度お帰りください。後は私が……」
「待った!」

 桜さんに腕を掴まれる。ひと通りメンバーへの連絡は終えたのだろうか。

「桜さん?」
「ヤな感じなんだけど、何? こいつ何しようとしてんの」

 こいつ、で指差したのは朝焼けさんだ。

「いえ、嫌な事は、何も。何もないです」
「ウソつき。見たら分かるよ」

 本当に桜さんには人を見る目があるのかもしれない。僕の後ろめたい心を見通された気分になる。

「大丈夫です。僕はこの後外せない用事が出来てしまいましたが、『朝焼けさん』にお手伝いをお願いしました。きっと助けられますから。ベストを尽くしましょう」
「ヒマワリ……?」





 数時間後、無事に白藤さんが保護されたという報告を家で受け取った。『良かったです』とだけ返して、ベッドにもう一度潜り込んだ。

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次話(2/18)
https://yamanoha334.hatenadiary.jp/entry/Diva.BettyFlyower_032
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*1:事と次第によっては着用した時点で法令違反になる気がするが、今回は大丈夫のはずだ

*2:雪を踏む音

*3:血管の配置や脈のパターン全体をスキャンし確認するもの。理屈は分かるが、これほど手軽に使えるのならば相当な技術だ

*4:4話。

*5:明確に侮蔑表現だ。アートと結びついた、一見理解し難い攻撃的な不法行為を行う集団の事だろう。アート業界からも疎まれる

*6:「育ちの良いお坊ちゃま」を俗に言った言葉、というのが僕の教わった言語学教授談だ。何度か死語になったり若者言葉として「発掘」され社会に定着したりを繰り返している珍しいケースだが、皮肉めいたニュアンスがあるため用例に上げづらいらしい

*7:特に動植物試料の微細構造をシステム的に変長レンズ等で観察するもの。スケッチセットには大抵ミリペンと記録紙が付属している。ペンのため描き直しは不可。たしかその方が都合が良い理由があったはずだ

*8:学壇や世界組織が次々と内部分裂を起こしかけた時期。ざっくり30年ほど前の事だ。結局多くの組織が分裂は免れたが、その影響は対立構造として各所に残っているらしい

*9:DZノ26番警邏職員