山の端さっど

小説、仮想世界日記、雑談(端の陽の風)

我がモノ電子歌姫の「外の人」39

 ころん。四角い鈴がかすかに揺れて鳴る。

『--おーい、あたしとヒマワリ〜。30分後に局地的な小雨が降る予報よ。そろそろ屋内に入ったら?』
「『分かってるわよ、あたし。起こすまでスヌーズ』」
『--はーい』

 ベティフラは少し面倒そうに左の耳たぶを弾いた。ホログラムの鈴が物理演算に従って揺れる。プログラムがスヌーズモードに入ったので音は鳴らない*1

「『中に入りましょ。もう少しゆっくりしたかったんだけど』」

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前話(38話)
https://yamanoha334.hatenadiary.jp/entry/Diva.BettyFlyower_038
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 フルーツパーラーのテラス席から中に移動する。貸し切りで中にはスタッフしかいない。まだ半分も食べ終えていないパフェを運んでもらい、ベティフラは苺をつつく。

「『あーあ。あたしの間はコレ作動しないように設定変更しようかしら。条件付けが面倒なのよね』」
(「面倒?」)

 技術的な事だろうか。ベティフラが僕の身体を使っているかどうかを判断してナビゲーションシステムをオンオフするくらいなら簡単そうに思える。

「『ヒマワリ、自分の体質の面倒さの事よく考えて。体調一つ確認するにも流通品じゃ何も調べられないから、だいぶ変な測り方してるのよ。そもそも、小さな測定器一つ二つで正確に人体にインストールしたシステムを認識できるわけないじゃない』」

 ……確かに、何年も24日おきという高頻度で安定して接続しているから忘れかけていたが、咄嗟に判別方法の小型化のアイディアが出てこない*2

「『だから今は手動にしてるの。ただでさえ通信機能と近距離探知欲張ってギリギリだしね。……重量制限がなきゃ色々機能組み込んじゃいたいとこなんだけど。でも人間ちゃんの耳って弱いものねー……』」
(「……では、中に入れますか?」)
「『埋め込み手術? 命に係る事以外ではしないわよ。自分の身体雑に扱おうとしないの』」
(「技術的な問題が?」)
「『違うわ』」

 ベティフラはメロンをごくりと飲んだ。フォークをくるりと回す。とろけて甘い。

「『ん〜! あたしはやっぱり酸味少なめの甘ーいのが好きね! シュガーアップル*3とかもいつか食べてみたいわ。ヒマワリは気に入らないかもしれないけど』」
(「甘酸っぱいものの方が好みと言えば好みですが、嫌いではありませんよ」)
「『そぅお?』」

 味の好みが違うものを味わうときには毎度、不思議な感覚を体験している。僕にとっては何気ない、それほど好きではない、思い入れのない味によって、身体がベティフラの感じたままに感動する。僕の身体だから、その感動ははっきり伝わってくる。
 アンバランスだけれど快い感覚だ。嫌いなものを好きだと錯覚してしまう訳ではないけれど、快い。昔は怖かったけれど今はずいぶん自然に受け止められるようになった。

「『ねえ、ヒマワリ。ちょっと相談なんだけど』」
(「何でしょう」)
「『やっぱり7月の富士山やめにしない?』」
(「……どうしてですか?」)
「『どうしてって訳じゃないんだけど……ん?』」

 ころん。小さな妖精が僕らの眼前に躍り出た。

『--騒がしくて目が覚めちゃったわ! 一応警告。ドロイド暴走事件が1件起きたみたいよ。まあ暴れ散らすタイプの暴走じゃないからここまで波及しないと思うけど、一応ね』
「『ドロイド暴走? それ気になるわね。何か情報ないの?』」
『--あるわよ。あの子多分、あたしの制御下じゃない』
「『え?』」

 妖精はくるりと宙で回転した。

『--あたしの基幹システムがこんな環境で暴走する訳ないもの。あの子、旧時代AIシステムのままで稼働してたのね』
(「それは……」)

 それは違反行為だ。

『--あー、SorTyちゃんだ。ヒマワリ知ってる? Ma! Charate*4のメンバーよ』
(「え……」)
「『あーMa! Charate。前にAI移行で記憶欠損起こしてたメンバーいたわよね。それで移したくないって子が出ちゃったのかしら……』」

 ふたりのベティフラは、淡々と状況説明と把握を進める。僕は取り残されて、目の前のパフェが静かに崩れてゆくのをただ見ていた。

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前話(40話)
https://yamanoha334.hatenadiary.jp/entry/Diva.BettyFlyower_040
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*1:ちなみに、本来の意味「居眠り」に準拠した遊び心でか、スヌーズ中のホロ鈴内部には眠る小妖精の映像が隠されている。サポートスタッフの「支子さん」が教えてくれた

*2:一応大型なら思いつく、というより機構を知っている。ベティフラの接続・解除時に必ず用いられる人体スキャナーが正解だ。最小の1人移動用ポッドくらいの大きさが最適解らしい。つまり僕の生活スペース内でも展開できるサイズだ

*3:いわゆる釈迦頭。糖度が24度ほどもある。様々な環境難を受けても大事に守られ続けてきた植物の一つだ。この星ではあまり栽培されていないうえ、ベティフラの限られた食事の予定はかなり先までスケジュールされているので、突発的に食べたいと思っても彼女が口にできるのはかなり先だろう。よく話のネタにされる余談だが、ニンニクの糖度は約40度。糖の種類や温度により人間に感じづらいことがあるので、糖度だけでは果物や野菜が「甘い」かは測りきれない

*4:男性AI人格アイドルグループ。36話ほか