山の端さっど

小説、仮想世界日記、雑談(端の陽の風)

我がモノ電子歌姫の「外の人」19

「『まーたヒマワリがオロオロしてる』」
(「気、気にしないでください……」)
「『気にするわよ。こういうのが、ヒマワリがあたしに着せたい服なんでしょ』」
(「違います! ……似合いそうだと、言いましたけど……」)
「『似合ってる?』」
(「はい……」)

 ベティフラはカラフルなトレッキング姿*1で「『きゃはっ』」と笑った。

____________________
前話(18話)
https://yamanoha334.hatenadiary.jp/entry/Diva.BettyFlyower_018
____________________


「『ちゃんと鍛えてんじゃない』」
(「富士に登ると言われましたから*2」)
「『そうよ。これからも覚えておいて』」

 ベティフラの足取りは弾んでいる。これまで何回もやっているけれど山歩きは少し怖い。不安定な足場を渡る時にはふらついている気分になる。当然、ベティフラにはその違和感はない。この身体は感覚も含め全てベティフラに従う。予想のつかないベティフラの五感に僕が混乱するだけだ。

「『見て、シオガマ*3よ』」
(「綺麗な花ですね」)
「『そうね……葉も本当にキレイ*4なのね……』」
(「ベティフラ?」)
「『……ちょっと前*5までは、この時期にこんな場所で咲く花じゃなかったわ』」

 僕はその先何も言わない事にした。簡単なAIだって悼む感情は持っている*6





「『登頂っ! やっほーーーっ!』」

 カシャリ、カシャリ、カシャリ。紅葉狩りとはよく言ったものだ。山の頂上からは色鮮やかな山々を視界の限り広がっている。気に入ったのかベティフラはわざと音を鳴らして、カメラで紅葉を狩る。撮影可能区域でウィンドウ*7を目一杯動かして、構えては撮り、ランダムで撮り、連写し、自撮りする。良い写真を狙うより撮る事自体が面白いようだ。明日には変な部位が筋肉痛になるだろう。

「『人間で撮るの面白ーい! これ競技にしなぁい?!』」
(「もうありま……いえ、競技ではないかもしれませんが……」)

 カシャリ。

「『それで、悩み事は何? ヒマワリ』」
(「はいっ……?」)
「『ずーっとしかめっ面じゃない』」
(「そんな事は」)
「『あら、あたしに嘘を吐こうだなんて冗談っ気、ヒマワリにあったのね? それでも良いわよ。もっと面白い事言ってくれるならね。どうぞ?』」
(「……! ……っ……!」)
「『ぷっ。あははっ、観念しなさい』」

 ベティフラはくるりと身を回す。カシャリ。この声質だとカメラの音にあまり紛れないけれど、紛れている気分にはなる。

(「……あの、灰色さん……警邏職員さんの事なんですけど」)
「『それ以外』」
(「?!」)
「『面白くなさそうだからそれ以外で。何かあるでしょ、吐く事』」
(「そんな……」)

 ベティフラが何でも聞いてくれるとは限らなかった。

(「……怒らないでください」)
「『聞いて決めるわ』」

 ベティフラに隠し事はできない。





「『……ふーん。バカね、あんた達って』」
(「だ、誰までですか……」)
「『子供でも分かるわよ、知ってればね』」

 話は面白かっただろうか、つまらなかっただろうか。ベティフラは写真を撮り続けている。

「『知らなかったならしょうがないわ。ヒマワリ、確かめてきなさいよ』」
(「はい?」)
「『色々言ってたけど要は気になるんでしょ? 大したもんじゃない。あの猛じゅ……いえ、SP連れてきゃ危ない目には遭わないわよ』」
(「ベ、ベティフラ、何を言っているんですか」)
「『だっていつでも助けてくれるって言ってたんでしょ? こういう時に使い倒してやりなさい』」

 ベティフラはニヤリと笑った。鏡が無いので見えないが、おそらくサビ前で急に歌のテンポを上げて音楽を置き去りにする時のような表情をしている。

(「おふたり、何かあったんですか……?」)
「『なーんにも?』」
(「そ、それに、確かめると言っても勝手に農園に侵入するわけには」)
「『バカね。そんな事しなくて良いわよ』」

 カシャリ。ベティフラの自撮り顔は全然困っていない。

____________________
次話
https://yamanoha334.hatenadiary.jp/entry/Diva.BettyFlyower_020
____________________

*1:「コンペ」で決まった服装だ。僕の意見も無理に聞かれた。12話。派手な色合いではないが、ステンドグラスのように様々な布が継がれて華やかになっている。これだけ目を惹きながら機能性が良く山の景観に馴染むのだから、デザイナーというのは凄い仕事だ

*2:1話。ジムのパーソナルトレーナーによると、まだまだ身体機能が足りない。入院のブランクでますます厳しくなっただろうが、「身体作りはなんとか間に合わせます」と言われた

*3:シオガマキク科の植物なのは間違いないが、ベティフラでも瞬時に植物名を特定出来なかったようだ。自然保護区で近年、外見では判別の難しい新種植物が見つかる事例がいくつかあったため断定を避けたのかもしれない。高度なAI判断だ

*4:その時は知らなかったが、シオガマという名の由来は「葉まで綺麗」……「浜で綺麗」な植物だから、と言われている。洒落なので実際の浜辺では恐らく塩害で育たないし、塩を煮詰める竈(釜)が何故綺麗なものとされたのかは不明だ

*5:電子空間に記録の残る限り全てを閲覧できる権限を持つベティフラにとっての「ちょっと前」は判断が難しい。ベティフラは人間の感覚を総体的に解しコミュニケーションに用いるが、気分次第で(繕わなくて良い場合)自分の感覚に当てはめて物を言う事もある。今回に関しては、植生の異常変動が指摘されている20〜200年の間のどこかだろう

*6:ドロイドとAIは戦場や事故現場から負傷者や遺体や遺留品を回収する存在として飛躍的に機能が進歩した歴史がある。ある有名ドロイドの開発責任者は自国の関わった大戦の集結後、声明を出した。「何であれ我々が、殺すより悼む方が得意なのは当たり前の事です。当たり前だったのに」

*7:撮影用の拡張ウィンドウ。電脳空間で好きなアングルから半永久的に描画を切り取り続けられる「撮影」よりは不完全だろうが、現実を撮影する方も近年、次々に高機能化していっている