山の端さっど

小説、仮想世界日記、雑談(端の陽の風)

我がモノ電子歌姫の「外の人」34

『--やっほー、ヒマワリ君。僕の事分かるかな』
「え、えと」
『--そしてそして、彼のことは分かるかな?』

 分かる、そして分からない。

____________________
前話(33話)
https://yamanoha334.hatenadiary.jp/entry/Diva.BettyFlyower_033
____________________


 遡ること数分前。僕は、朝焼けさんと一緒に歩いていた。

「今日はすみません。街民登録情報の更新*1に行くだけなのに、お休み中にお付き合いいただいて」
「いいえ、ベティフラ様のご希望ですから」
「……ベティフラは……」
「わたしも嬉しいです。仕事でなくともヒマワリ様のお役に立ちたいと思っているのですが」

 聞き間違い……ではない。さすがに。

「あの、その言い方は」
「ヒマワリ様。この後3時間空いていましたが、登録更新後、よろしければ街役所併設のカフェを案内させていただけませんか*2?」
「併設なんてされていましたっけ……」
「食文化保全施策の一環で最近出来たそうです」

 完全に予定も体調も把握されている相手からの誘いは、受けるのも断るのも勇気がいる。でも流されるように決まるのは不誠実だとも思う。1人でカフェに行ける人からの誘いなら尚更だ。

「……お昼を済ませられるタイプのお店でしょうか?」
「はい」
「では、そちらで頂いてみたいです。案内お願いします」
「喜んで」

 今年、ベティフラの日は15回ある。たったそれだけしかないとも言える。

「では、後ほど」
「はい」

 役所受付に向かうため、朝焼けさんと離れてエレベーターに入る。
 そして中で表情豊かなドロイドとキャップを目深に被った人と鉢合わせた。

『--やあやあ待ってたよ! あ、おじさん達が勝手に待ってただけだから気にしないでね』
「はい……?」
『--やっほー、ヒマワリ君。ぼくの事分かるかな。そして……』

 冒頭に戻る。いや、なんの説明にもなっていない。



『--いやね、1つの頭で実質ケルベロス君が居なかったらフツーに話しかけたかったんだけどさあ。居たじゃない監視が。どこか隙が欲しくって頑張っちゃった』
「監視ではありません……」
『--ここでは言葉を繕わなくて良いし、言葉の細かいニュアンスも気にしなくて良いよー。でさでさ! ヒマワリ君、さっきのクイズの回答はどう?』

 どう、と言われても困る。

「ええと。話し方と声からすると、貴方は白田寛ロクさん*3に似ていると思います。でも中身のことは確」
『--正解!』
「……それから、貴方は……その、シアンカラーのキャップというと、一般的に想像してしまう集団があると思うのですが」
『--そっちもほぼ正解で良いんじゃないかな、シアン帽くん』

 キャップの人は黙って頷く。目元には認識を阻害するホログラムが掛けられていて、顔が分からない。口元にマスクもしているので背格好しか分からない。
 なぜ白田寛ロクとレイニーグレール*4のメンバーが、一緒に居るのだろう。

『--この前、今度ゆっくり話しようって言ったじゃないか、僕』
「は、はい」
『--面倒に巻き込まれてそうもいかなくなったみたいじゃない、君』
「面……」
『--細かいニュアンスの差異は気にしなあい! で、ベティフラがちょっと面倒になっちゃってさ。僕も気軽に君に話に行けなくて困っちゃったからさ、解決してくれないかと思って』
「? 何にお困りなんですか」
『--君とお喋りしてみたいのにベティフラが譲ってくれないの! だって君SNSも私生活も全部ベティフラの監視下でどう頑張ってもこっそり連絡とか取れないもん!』

 ……聞き間違いということにしたい。

『--でさ、今も僕のための時間じゃないんだよね、実は。ここの彼がさ、君に話があるらしくって。自覚あるかなあ』

 ない。特に思いつかない。

『--賭けは僕の負けかー。重症だね、これは』
「はい?」

 と、キャップの人が端末を取り出して画面を叩いた。小さなノイズが端末から発信される。
 記述式制音振動? 研究者がホワイトボックス越しに軽い通信をするために開発されたものの、使用機会が限定的で流行しなかった、微かな振動で視覚、聴覚、あるいは触覚へ伝える言語で合っているだろうか?
 ……合っているとすれば、『早く話をさせてくれないかな。今時間に余裕があるのは白田さんだけだよ』と言っているように聞こえる。結構な低音と静かな物言いで*5

『--はーい。じゃ、好きなだけ言っちゃって、シアン帽君』

 帽子の彼は促されて僕の方を見た。目は見えないが、多分。

『桜から伝言。ありがとう。ヒマワリは今大丈夫? って』
「!」
『俺から提案。「午前3時にG音を聴かせて」』
「え……」
『あとは白藤から適当に聞いて』

 ……それだけノイズで伝えると、僕の肩を叩いてエレベーターから降りていった。



『--彼らっていつも言葉足らずだと思わないかい?』
「えっ、あの、白田さ」
『--彼はさ、君に感謝してるんだよ。リーダーとして、君がメンバーの危機を迅速に救ってくれた事に報いたいと思ってるわけだ』

 彼がレイニーグレールの、リーダー? その人を白田寛ロクも知っている、どころか関わりがある?

『--時間がないから説明は省くけど、今後自分がどうしたいかとかさ、考えてみてくんないかな。君が今息苦しいと思ってるならさ、僕達味方になりたいから』
「どうして……」
『--も、考えてみてね』

 もう片方の肩を叩いて、ドロイドもエレベーターを出て行った。


____________________
次話
https://yamanoha334.hatenadiary.jp/entry/Diva.BettyFlyower_035
____________________

*1:街民当人か、電子委任状および電子スキャンデータを所持した代理人が必ず街役所に直接行かなければいけない、あの身体情報更新手続きだ。完全電子化できないので仕方がないが、街役所のキャパシティがあまり多くないため大勢の更新時期が被ると大変だ。今回は混雑状況からみてスムーズに済みそうだ

*2:「させていただく」という表現は長らく違和感のある敬語、紋切り型の(定型化・形骸化した、という意味。家紋を持たない家庭形態も多い現代では廃れつつある表現だ)表現と言われながら使われ続けてきたが、30年ほど前、言語の変遷についての体系的な論文が発表されたのをきっかけに改めて物議を醸した。しかし今も結論は出ないまま公文書以外では控えめに使われ続けている

*3:しろたかんろく。芸術家AI。ベティフラの「自称家族」設定があり実際にプライベートでの関わりも深いらしい

*4:折に触れて調べてみたりするのだが、世間的にも活動内容が見えず謎の集団とされている

*5:記述式静音振動言語が非発声的言語の中で特異なのは、細やかな声色のようなものを表現できる点だ。僕はこれを研究対象の擬似細胞に適応できないか試した事がある。あくまで人間の言語であり亜生物への適応は無理だった