山の端さっど

小説、仮想世界日記、雑談(端の陽の風)

我がモノ電子歌姫の「外の人」57

『--ねえ嘘よね、今日が今年最後? まだ半月以上残ってるのに?』

 今日は待ち合わせが早い時間になったと思ったら、会って一言目*1がそれだった。

「おはようございます、ベティフラ。ええと……」
『--今日、早く検査行くから。終わったら残った時間で遊ぶの』

 ムスリとした口調で言い切って、幼子みたいにベティフラは僕の手を引いた*2


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前話(56話)
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 検査は滞りなく終わった。ベティフラが「『バイオリズム乱れると診断時の説明長くなるでしょ。大人しくしてるわ』」と言って、本当に静かにしていたから。アイソレーションポッドから発せられる検査パルスの身体への響き方が普段と違うのが、はっきり感じられたくらいだ*3。検査結果は優良だったし、その後雪降る自然区域へ行くのも許可が出た。

「『喜びの音ーっ*4』」

 控えめに声をあげてベティフラは思いきり跳ねた。浅く雪の積もっただけの野原に怪我しないように飛び込む。目覚めの音だ。しっかり着込んでいるから、浅い雪原に仰向けになってもあまり寒くない。
 ……電脳世界の装いに関しては、ベティフラだって冬には電子の身体で服を「着込む」。オーバーサイズで輪郭の柔らかくないコートが最近のトレンドで、着ていたはずだ*5

「『あーあ、24日おきじゃなきゃなぁ。年末年始どっちかは必ず捨てるのよ』」

 来年はほぼ年始からスタートするけれど、ベティフラはそれでも嫌らしい。

(「そういえば、どうして24……いえ、12日おきにメンテするのでしたっけ」)
「『単純に、最初は本当に12日おきにメンテしてたからよ。手探りからの見切りスタートだったんだもの』」

 12おき。現代の水準からしてかなり高い頻度なのは間違いないが、ベティフラの活動が多岐にわたる(そして僕の知らない電脳世界の要職にも就いているらしい)のを考えるとやり過ぎとも言えない。

「『まあ、最初の頃はそこまで仕事忙しくなかったし、メンテし易さ最優先で色々変えてもらったりしたわよ。慎重な人間ちゃん達は12日おきって体を変えてくれなかったけど』」

 僕はそちらの技術者では無いけれど、少し羨ましい。自分のプログラムを知り尽くしたAGIが人間の視点も汲んで自己の改善提案をしてくれるのはどれだけ助かるだろう。

「『それで……何の話してたかしら』」
(「ガフさんの再起動を進言したのはベティフラですか?」)
「『……あたしは「良いんじゃない?」って賛成しただけよ』」

 つい余計な事を聞いてしまった。ベティフラは嫌そうな顔をしたが答えてくれる。

「『あたしの一言で全部が決まる訳じゃないもの。あたしが決めるとしてもあたしの好みだけで決めるわけにいかないし。ヒマワリに遭わせられないような子でも社会的には関係無いし、旧式の中ではわりと最終系モデルだったからあたしの人格コアシステムに適合しやすいし、知名度あるしポジション似てるから仕事減らせるし、そろそろ元人間コアのAIちゃんも「救って」バランス取る時期だし』」

 思っている事がつい出た、という風に話してくれるけれど、僕が聞いたから話してくれたのだろう。話し過ぎな気もするけれど、いつも通り僕が忘れれば良い事だ。

「『って思ってそう』」
(「はい?」)
「『いいえ、こっちの話。一応あたし、ヒマワリを頼んだわよ。本当に』」

 左耳のナビゲーションシステムが起動して、ホログラムの妖精が『--頼まれたわ、本体のあたし。しっかりとね』と小さい手を振った。

「『えい』」

 ベティフラはその全身に雪玉をぶつけた。いや、大きさからして押し潰した。

『--えっ何すんのあたし?!』
「『別にー。ホロなんだから良いじゃない』」
『--何々? ヒマワリ助けて』

 ホログラムは僕の、いやベティフラの顔に登ってくる。ベティフラは気にせず鼻をつまんだりする。どうしようもないので僕は黙ってベティフラ達の雪遊びを見守った。


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次話
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*1:人格コアデータをインストールしたドロイド姿で訪れ、顔を合わせてすぐのことだ

*2:人間の人格モデルすら無い完全AIであるベティフラには、無から感情を作り出し表現する事は簡単のはずだが、ベティフラは感情の生まれる「人間らしい」過程を重視しているように思う。それが最新型AGIの導く最適な思考パターンなのか、ただの好みかは判断しかねる

*3:僕の身体を電磁波を通すある種の伝導体とおく。ベティフラという電磁波発生装置を内にインストールしているか否かで、外部からの電磁刺激に対する反応が変わる。イヤホンを装着していても変わるだろう。乱暴に言うならあるいは、単に氷を入れた器に水を注ぐようなものか

*4:細雪の降る音。「この空の喜び」。つまりは宇宙第二プラントの環境改善の重要な転換点の音で、研究者が急に詩的感覚優位表現をしたくなる性質の現れだ。積雪を踏む音は「この地の目覚め」

*5:大抵の場合、トレードマークの羽は服を無視して飛び出たようにデザインされる。たまに羽を収納する袋がついている事もある。垂らしていると大きな猫耳フードのようだ。その際、指出しグローブのように生地を切って羽を一部露出させている事もあるが、公式設定でベティフラの羽は温感も霜焼ける事も無いので問題無い

我がモノ電子歌姫の「外の人」56

『--あらやだ、下駄子ちゃんったら!』

 朝、ナビゲーションシステムのベティフラが左耳の近くで声を上げた。

「……高下駄子ちるる*1さん、ですか?」
『--そうそ。見てよこれ』

 ベティフラはニュース画面を開いた。

『高下駄子ちるる、「Ma! Charate*2」メンバーと熱愛?!』


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前話(55話)
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「これは、何というか」

 ざっと全体を見て僕は目を逸らした。無意識に眉をひそめていたかもしれない。
 高下駄子ちるるがMa! Charateの熱狂的なファン、いわゆる「マッカ*3」であることは比較的知られているはずだ。事実がどうあれ、あれこれ書き立てる材料はあるだろう。覚悟して読み始めたつもりだった。
 しかし記事の内容は、思っていたのとはだいぶ違った。

「……まず、記事に書かれた『熱愛』の……いえ、写真のお相手、Ma! Charateさんのどなたかではなくスタッフですね」
『--そうねえ』
「写真も普通に話しているだけのようにも見えます」
『--そこに関しては、証拠写真って大体パッとしない物だからなんとも言えないわ』
「それから、その……記事の後半が」

 後半は当の高下駄子本人に真偽を問うインタビューになっているのだが、名言を避けながら堂々と語る彼女とのやり取りのうちに、なぜか今月発売の著書の宣伝が始まっていた。それも、彼女のものと記者のもの、両方の宣伝だ。

『--うん、もう明らかに炎上商法ね!』

 あまりに話の流れが自然で、頭の中で思い返してみてもまた驚いてしまう。

「本当に炎上商法、なんですよね?」
『--そこは間違いないでしょ』

 宣伝をしている事は間違いないのだけれど、「マッカ」がスタッフとはいえMa! Charateの名前を出して迷惑を掛けているのはイメージに合わない。題名だけとはいえメンバーとの熱愛を誤解させる事にもなっている。

『--下駄子ちゃんは忘年会に突撃とかしたがるタイプよ?』
「それは、そうかもしれませんが」

 あの時、白田さん*4が言ったからそういう事にされたけれど、本当に高下駄子さんは忘年会中のMa! Charateメンバーに会いに来たのだろうか。

「あの、もしかしてなのですが、高下駄子さんは」

 いつもこのスタッフメンバーに会うのが目的だった、という事はないだろうか?

『--ストップ、ヒマワリ。あまり野暮に暴くものじゃないわ』

 ベティフラのホログラムが小さな指を口の前に立てる。

『--下駄子ちゃんだって青春? 人間らしいところ? があるのよ。それとヒマワリ、こっちも見てよ』
「はい?」

 見せられたのは『白田KAROの科学遊び シーズン86 17話 泡中(フォーチュン)廃墟を作ろう!』だった。

「何でしょう、これ」
『--内容は良いのよどうでも。それよりこれー! この写真で父さんが持ってる紫の石、この前ヒマワリとデートした時のじゃない!』
「そうでしょうか」
『--絶対そうよ。これは知ってる相手への自慢とアピールね。ヒマワリ、あたし達も行くわよ。来年ね』
「は、はい」

 当たり前のようにベティフラとの約束が積み上がっていく事に、正直僕はまだ慣れていない。

「もしかして慣れなくても良いんでしょうか」
『--いや慣れなさいよ』
「努力します……」

 ベティフラは小さくともベティフラだ。紛れもなく。

『--熱愛報道されてもヒマワリなら許してあげるから』

 どうやって?


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次話
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*1:25話、36話。辛口が売りのマルチタレント。仕事では一切容姿を売りにするつもりはないと公言しており、化粧品のCMすら出演しない。……という細々した情報を最近ベティフラが僕に読み聞かせてくる。AGIの活躍が多い電脳社会への批判コメントが多いが、ベティフラは彼女のことを嫌っていないどころか好ましく思っている節がある

*2:「マ・チャラテ」。男性AI人格アイドル集団。AI人格コアシステムを新型(ベティフラ式)へ置き換えていないメンバーがいる事が発覚して騒ぎになっていた、あのグループだ。活動停止に追い込まれずに済んだのは幸いだった。置き換えは結局行われ、あまりデータの欠損も無かったらしい

*3:ファンの間から生まれた、自称の意味合いが強いファンネーム。初期のMa! Charateメンバーが宣材写真で手にしていたラテカップに赤いマドラーが刺さっていたのが元々の由来らしい。それだけ聞くとよく分からないが、こういうものは感覚優位、刹那的に考える方が正しいだろう。ベティフラ推しの作るバターケーキに近しい

*4:ベティフラの父を自称し、ベティフラに自称娘と言われる電脳法・科学のスペシャリストAI。こういう呼び方をすると固い印象があるけれど、だからこそ軽い言動を心がけているのだろう。おそらく

我がモノ電子歌姫の「外の人」55

「『今日は絶対家から出ないわよ。だから誰とも会わないの』」
(「……は、はい」)
「『はっきり返事』」
(「はい」)
「『うん』」

 ベティフラは頷いて深く密着型ベッドに身を沈めた。ベッドを硬すぎない設定にして、でも埋まるように寝るのが好きらしい*1

「『……絶対会わせないから』」


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前話(54話)
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 ベティフラが拗ねているのは、今日の紅葉狩りの予定が中止になったからだ。
 たった数時間前、外出先の渓谷*2に同時刻来訪者がいると判明した。3人組アーティストチーム「リプザード」だ。他2名は分からないけれど、うち1人、HOSHI*3は色々経緯があって警戒対象とされている。
 レベル「梅」の自然保護区には入場の為の事前申請は必要ない。十分あり得る事だったとはいえ、ベティフラは完全に気分を害してしまった。

「『リプザードね、ガフのリデザイン担当もやるのよ*4。「お披露目衣装仕立て」とかいうやつ』」
(「モデルを刷新するんですね」)
「『そーう!』」

 何故今、かの歌姫AIの事を話題に出したのだろう。
 ガフ・マコット。何十年ぶりに復活する歌姫、しかもAI基盤を交換し最新の倫理規定*5を組み込んだとなれば、新時代に合わせた変更は色々と必要だろう。半年後の再始動に間に合うよう今から動いているに違いない。
 ベティフラと挨拶を交わした程度しか知らないが、存在感のある佇まいと言葉だった。どのようなデザインになるのだろう。たしか昔は和装を基調としながらもビスクドールやアンティーク趣味を盛り込んだようなデザインだった。モデルとなった人間、雅風マスコットに合わせ低めの背なのも影響しているかもしれない。
 ベティフラと曲の方向性は被らなさそうだ。ただ、「歌姫」なのは間違いない。ベティフラはやはり、彼女に居場所を奪われるような気分になるのだろうか。

「『勘繰り顔するなら聞けば良いのに』」
(「はい?」)
「『あたしに気使ってる? ガフとはうまくやるわよ』」
(「い、いえ」)
「『第一、今までのあたしが仕事し過ぎなのよ。何が電脳世界を支えるインフルエンサー、世界の象徴よ。あたしがイメージダウンしたらそれだけで世界秩序乱れて良いわけ? 分散するもんでしょ責任って』」
(「それは……そう思いますが」)

 そういう声を聞いたことがないわけでもない。

「『ま、順番逆なんだけどね。あたしだけに任せるのはマズイって分かってたからあいつら、ガフを起こす事にしたのよ。あの子から始めて、最終的には他にもいろいろフラグを建てる気なの。何がどう間違っても世界は存続できるようにね。それが正しい形』」

 それは……それは、何も間違っていない。間違ってはいない。

(「……僕は、今の体制を守ってきたベティフラを尊敬しています」)
「『当たり前よ』」
(「……」)
「『何しんみりしてんの? あたしに休暇が増えたらヒマワリが忙しくなる事とか気にしてる?』」
(「はい?」)

 いつ機嫌が戻ったのだろう。ベティフラは笑顔になった。

「『そしたらあたし、24日に1回じゃなくてもーっと何度もヒマワリのとこ来ちゃうけど。嫌?』」
(「そっ……れは……」)

 僕が嫌だと言えない事を、よく分かっていて言う。
 ベティフラは少しワガママだ。いつものように、心地良い温度感で。もちろん感覚優位表現だ。


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次話
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*1:喩えとして「人肌の硬さ」とされる設定だが、偶然だろう

*2:平均気温が低く、今の時期がちょうど紅葉の見頃だ

*3:5話、12話。「プザ星」。様々な舞台のトータルコーディネートを請け負うアーティストチームのため、公ではベティフラと仕事をする事もあるはずだが、私的にベティフラはメンバーを信用していない節がある

*4:当然のようにメディアにはまだ全く出ていない情報だ

*5:電脳界・人間界両方の情勢を鑑み、年1回は必ず改定され、全ての高次AIに即時更新が義務付けられたもの。ガフ・マコットの活動開始時期から存在はしていただろうが、確実に複雑化している

我がモノ電子歌姫の「外の人」54

『--やっほー、ヒマワリくん。僕だよ、白田寛ロク*1。突然だけど明日ってジムの予定が潰れた日*2だよね? 研究室行く前に僕とフォーチュンドリンク遊びしない?』

 ……そうメッセージが来たのは、夜遅くだった。

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前話(53話)
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『--君がいてよかった〜。いやさ、ドロイドが飲めない飲料頼むのって自分も周囲も不幸せになるじゃない。観察記録が済んだら飲んでくれる人間くんがいると助かるんだよねー』
「良かったです……?」

 白田さんはご機嫌だ。今日は街清掃ドロイドを使って、僕の手元のカップを覗き込んでいる。
 きめ細やかに泡立てられたドリンク(今回はココア)の奥に、まだ見えないが様々な建物の形をした立体構造体が沈んでいる。海中ならぬ、「泡中(フォーチュン)都市」ドリンク、という趣旨らしい。
 この構造体は、飲み進めると全体像が見えてくるが、しっかりとした構造でカップの底に固着しているため軽く洗った程度では崩れない。カップを持ち帰って何度か使ったり、飾ってしばらく放置しておく事で構造の崩壊が進み、建物の中に入っている占いアイテムを取り出すことができるようになる。

『--それじゃ、そろそろ飲み干しちゃって』
「はい」

 観察されながらは飲みづらい。

『--そういえばハロウィン昼にお出かけしたんだってね。多かった?』
「……多かった、です」
『--だろうねえ』

 主語が無い質問の意図がいつも分かるわけではありません、と目で訴えてみるが、伝わったか分からない。
 とにかくココアを飲み終えて、ピラミッドのような外形にまとわりついた泡を洗ってもらう。これはカフェの席に備え付けられた洗浄ケースにカップを収めると無料でやってくれるようになっている。再度取り出すと、古代の神殿のようなデザインが現れた。

『--よーし、出てきた。かき混ぜるなって書いてあるけどスプーン当てだくらいじゃ全然崩れないね』
「あの……」
『--実験するぞー』
「あの」

 当然街内持ち込み許可はあるのだろうけれど、薬品と器具を納めたケースを取り出されるとドキドキしてしまう。

『--うーん、崩せるけどもう少し派手に壊したいな。あ、これとこれ混ぜちゃおうかな』

 不安になってきた時、白田さんは手を止めた。

『--あ、向こうに警邏職員DZ -ノ26番くんいるじゃん』
「え?」

 灰色さん。色々あって見かけるのは久しぶりな気がする。
 それより、ドロイドと一緒にいる所を見られるのは大丈夫だろうか。ベティフラが出てきていないから、このままでも大丈夫か。

『--彼って、ガフ・マコット*3の大ファンくんだよねえ』
「はい?」

 咄嗟にホログラムを服に表示させていた。ほんの少し個人の体型や顔が見えにくくなる、遮蔽に気づかれにくいタイプのものだ。レイニーグレールの帽子*4を参考に支子さんが作成してくれた。

「す、みません、そうなんですか」
『--焦らなくても大丈夫だと思うけどなあ。あ、でもガフには気をつけてね』
「は……」
『ガフはねー、まあもうベティフラと一緒に会った事あるならいいか。悪い子じゃないんだけどね、過去が複雑でさ。風雅マスコット*5くんも全然、いや全く悪い子じゃないんだけど』

 何というか。
 隠れながらする話としては不適切ではないだろうか。

『--そうじゃなくてさー、うん、ヒマワリくんって『AGI*6になりたい人間』が居るの理解できる?』

 理解?

「はい、時々聞きます」
『--あっ抵抗ないんだ』
「その……研究職の方に多い気がします。疲労なく休憩なく際限なく研究したいと」
『--あ、そっちか!』

 白田さんは首を捻った。

『--僕が言ってるのはね、AIの「人間になりたい!」みたいな、不可逆な欲望の話』
「……長生きや疲労の見かけ上キャンセルを目的としない、けれどAIになりたいという感情ですか?」

 白田さんは曖昧な表情を作って微笑んで、その先は言わない。
 神殿の屋根が崩れて、中から紫の人工石が現れた。


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次話
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*1:しろたかんろく、英名・アーティスト名KARO。ベティフラの自称父でベティフラは自称僕の娘だよ。そうだ、僕の名前を表記する時には、大抵の媒体で強固なプロテクトを掛けて証明することができるんだ。名乗っただけで証明書付き署名になるね。一応僕、名前が悪用されると困るキャラだからさー。ユニバーサル共同体電脳宇宙空間代表会議の人間くん達とAIシステムがうるさいのなんのって

*2:ジムの機関システムに急なシステムメンテナンスが入り休止となった。珍しい事態だ

*3:52話。旧AI人格システム時代の電子歌姫

*4:31話。非公式組織レイニーグレールは都市構造の解析利用と隠密システムの構築に極めて長けている。誰だったか、サポートメンバーの1人が、バイオ系担当の白藤さんのようなシステム系「野生のプロ」がいるはずだと熱弁していた事がある

*5:ガフ・マコットのモデルとなった人間。「歌姫」。旧AI人格システムには必ず元となる人間のモデルが存在する。旧システムが現代で再起動するにあたって一番の障壁だ

*6:汎用人工知能。普段僕らがAI人格と呼んでいるもののほとんどがAGIだ。ありふれているため逆にAIと呼んでも差し支えない。ただし、あえて今白田さんがAGIと呼ぶのは、人間から見た「完全に電脳世界に移行した人格」というニュアンスを強調したいのだろう。感覚的には嫌なニュアンスに聞こえる

我がモノ電子歌姫の「外の人」53

「今年は昼ウィン*1だー! がおー!」
「「「ガオー!」」」「ぐるる……」「わん!」
「にゃお!」
「「ニャオー!」」「ミャオ!」「「にゃん!」」
「コケコッコー」
「cock-a-doodle-doo!!!!!*2
「妖精の鳴き声は?」
『--え? え、無いわよ』
「点呼よーし! Trick or Treat! 変則ブレーメン隊出発ー*3!」

 ベティフラサポートメンバーのハロウィン集会、今年のコンセプトは動物の仮装。ただし妖精は動物に含めるらしい。鳴きそびれた僕とベティフラはそっと最後尾に回り込もうとして、すぐにメンバーに取り囲まれた。

「……ガー*4


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前話(52話)
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 ストリートのあちこちに様々なペンのマークが表示されている。羽ペンやインクをつけた指のアイコン、巧妙に隠されたものまで。意味は全て同じだ。

『芸術の秋をホログラムアートで埋め尽くせ!』

 いわゆる「インクトーバー*5」イベントだ。画材は様々、キャンバスは街全体。最も多いホログラムインク*6は変形させたり宙に浮かせたり、イベントらしい空気を作り出す。

「今朝皆で情報寄せ合ったんですけど、狙い目はヒルズの『スイミー*7チャレンジ』ですよ!」

 黄色のレースを背中の毛のように効果的に纏った支子さんが言う。名前だけでイベントの内容は何となく分かるし、遠目にもかなり見えた。……アーティストの手による赤い魚と、大小もデザインも様々な黒い魚の群れが高台施設に浮いている。魚の輪郭では無い。

「……なんか大きな角とか生えてないっすか」
「皆好き勝手描き足していったんでしょうね……」
「オーラが渦巻いてる*8?」

 去年よりはこの空気に慣れた気がする。僕は左耳のイヤリングに軽くぶつけてベティフラと乾杯してから林檎飴を口にした。……外見からは林檎にしか見えないが、中身はオレンジだ。小さな妖精の仮装をしたベティフラが僕を見て笑った。



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次話
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*1:ハロウィンの昼イベントを楽しむこと

*2:ニワトリは1名

*3:「何でブレーメン?」「さあ?」「ニワトリのせいでしょ」「鶏に持ってかれた……」「cock-a-doodle-doo!!!」「猛抗議」「ユニコーンも同罪」「コメディになっちゃったりしましたね?」「人生は喜劇〜」「そういう話してない」「はい、ここでクイズ。妖精含めて動物はこのチームに15匹。動物の種類は猫・犬・妖精・鶏・カラス・ユニコーン。足の数は30本。さてヒマワリさんの仮装した動物は何でしょう?」「つるかめ算かと思ったら全員下は人型2本脚じゃん」「妖精もね……」「てか解けます? コレ」

*4:カラス1名が気恥ずかしそうに遅れて鳴いた

*5:10月、Octoberとインクinkのかばん語

*6:媒体ペンや認識デバイスをつけた指の動きを平面的に、あるいは3次元的に認識しホログラムを生成するシステム。案外リソース消費の大きい技術だったため、街全体に描き放題なんてイベントが開催できるようになったのは最近だ

*7:レオ・レオニ、1963

*8:後日、最終的な魚の外形データが公開された。最終日に組織的な有志メンバーによって方向性を揃えられたらしく、案外安定した形だった。魚ではない。命名「竜巻き魚」

我がモノ電子歌姫の「外の人」52

「『……嫌ーだなあ』」

 ベティフラがここまで言うのは珍しい。言うまでもなく、全ての感情プログラムを自己制御できる完全AIの彼女に処理演算が手間だと表に出す必要はないからだ。


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前話(51話)
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「『面倒だって言ってるんじゃないわ。嫌なの。ねえヒマワリ、何か出して』」
(「ええと……今週リリースされた曲の中に『ライムエード』は何度出てきますか」)
「『17回。表記揺れ含めると20回。変な質問するのねー。今月世界で2人しかその検索した人居ないわよ』」
(「そうですか……」)

『--えー、何を出したんですか? ヒマワリさん何ですって?』
「『……』」

 ベティフラはまた黙り込んだ。独特な駆動音を発するドロイドは、『--音声伝達しか出来ない非効率さって面白いんでしょうか』と首を傾げる仕草を見せた*1。わざとらしく。

 ……今のは表現に故意な感情優位性があった。起動から30日程度、旧AIモデルからベティフラモデルへ移行中のAI人格システムが、正確にベティフラ式の人体動作を操作するのは無理がある。慣れていない人間が電脳空間でアバターを動かす際に起きがちな、大げさな身振りになっているのだろう*2。わざとらしい、なんて表現するのは失礼だった。

 ガフ・マコット、日本名のニュアンスを含ませれば雅風マコト。ベティフラ始動の50年ほど前まで現役だった旧モデルの電子歌姫のことを、僕は恥ずかしながら知らなかった。
 恥ずかしながら、だ。AI人格の基盤となった人間、風雅マスコット*3は当時きわめて有名なアーティストだった。その人の歌声や人格を継いだガフも、当時の現行AI基盤が違法と定められ、一時停止するまで*4はベティフラのような有名人だった……そうだ。僕が耳遠いだけで、知っている人もいる話だ。
 そして最近、数々の検証や現行AIの基盤置換え事例を経て、とうとうガフのAIモデル置換えと再起動が決まった。先日発表されたばかりで、完全な「歌姫の復活」には半年以上掛かる。

 だから、今ここで、僕の身体を使っているベティフラの目の前で笑顔を見せて話しかけてきている試運転AI人格は、まだ皆には公開されていないものだ。

『--ほら、ベティフラ先輩になるわけですし、挨拶は必要でしょう? ヒマワリさんとも』
「『まさか! 貴方が大先輩よ。それにヒマワリは関係無いわ』」

 ……居心地が悪いけれど、無関係とはいかないだろう。どんな事情があるのか知ることはないだろうけれど、少なくともガフは、僕とベティフラの関係を明かされたのだ。

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次話
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*1:人型ドロイドにはボディランゲージ機能が必ず搭載されている。初期モデル開発段階では、機能だけを考えれば不要な複雑な関節動作のために完成がひと月遅れたそうだ。それだけ当時重視された要素らしい

*2:身体の動きとデバイスの反映する動きとのラグを過剰に認知し、大きく身体を動かすことで望んだ動きを反映できると無意識に思ってしまう。初めての人は誰しもそうなる。僕の身体を用いて初めて電脳空間にデバイス接続した時のベティフラもそうだった

*3:アーティスト名。ハスキーボイスが特徴的

*4:AIシステム停止は義務や強制されたものではなかった。だから、システム移行前の旧式AIモデルで今稼働中のものが悪いわけではない。あくまでガフの停止は、風雅マスコットその人とガフとの協議の上自主的に決定、実行に至った事らしい。クリーンなAI基盤への置換えも当時から同意していた

我がモノ電子歌姫の「外の人」51

「…………こーれは狙ってますよね何かを」

 支子さんがファッションの丸眼鏡*1を鼻に押し当てて僕を見た。

「な、何をですか……?」
「陰謀を感じますよー、ええ陰謀ですわたし以外の手による! なーんで、また、わたしとの出先の時に新しい服お披露目しちゃうんですか*2ヒマワリさん?! ベティフラ様が最初って言ったじゃないですか!」

 楽譜デザインのストールと低帯電性ニットの組み合わせは今が旬だと学んできたのだが、何かが駄目だったかもしれない。

『--いや、今はあたし居るわよ。ていうかここに着くまでに散々見たけど』
「あっベティフラ様! ヒマワリさんが!」
『--ええ……』

 ナビゲーションシステムのベティフラはリアルなため息をついた。

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前話(50話)
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「……コホン。それでですね、こちらのドロイドが搭載機です。分かりますか?」
「はい、Tr系基音信号*3ですね」
「聞こえてますね〜。まあ主作用は音波ではなくて新型センサの起動と通信です。変態機能付き*4なのでいくらか接続部の機構をブラッシュアップしてて待機中もTrが出ちゃうんです」
「例の、休眠種子も検知する異常検知機能ですね」

 ドロイドの見た目はおそらく同じだ。センサーの搭載箇所も公開されていない以上分からない。

「『環境団体』の皆さん、また元気な活動を始めたみたいですからねー」

 先月から数件、街のコンクリート破損事件がまた起きている。以前のプラスチック粒によるバイオボム*5と手口が似ているため、ゲリラプランナーの仕業とされている。今回はカバーで保護や擬態する必要がなく、コンクリート色に紛れやすい種子が散布されているらしかった。不審人物の報告と破損発見までの間隔が安定しないことなどから、不定期な休眠状態を経て発芽し、成長と共にコンクリートに破損を与えるランダム性の高い植物だと推定されている*6

「そこで一斉に対策するべく、回り回ってこちらに話が来たわけです」

 回り回る過程が分からないが、僕の役割は理解しているつもりだ。

「では、偽装音をランダムに切り替えながら流してください。センサー駆動音が聞こえにくい間だけ指を上げて合図します」

 もしセンサーの駆動音に注目する人がいると一斉駆除作戦に気づかれてしまう可能性がある。単なるノイズキャンセリングでは消せない(か、痕跡が聞こえる)ので念のため呼ばれた。

「……はい、終わりです。結構隠せる音ありましたねえ」
「環境に応じて使い分けられるくらいバリエーション確保できてると良いんですけど」
「いい感じじゃないですか? ダメでも第二案揃えてまた呼ばれるだけですよ」
「そうですか」

 多分、僕が聞き分けるのは耳だけの問題ではないと思う。意識していないが、駆動音の振動を身体で電気的に感じている。だから機械音が特別聞き取りやすいしノイズキャンセリングで完全に誤魔化されない。

 ……ゲリラプランナーの中に僕と同じ体質の人はそうそう居ないだろうけれど、「念のため」だ。
 居なければいいと思う。
 知った事ではないだろうけれど、僕は、今の僕の身体の使い方の方が好きだ。

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次話
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*1:度の入っていない、いわゆる伊達

*2:26話

*3:自然環境ではあまり生じないという以外は特に特徴のない音だ。もっとも、意味のある基音群など存在しない

*4:専門家に驚きを与える程の高性能・新機能や最適化を可能とする技術を「変態的」と呼ぶ文化は現存している。公共の場であまり発されないので表現倫理に未だ問われていないか、問われたとしても何度でも復活しているか、だ。いち研究者としては後者だろうと思う

*5:4話〜。正式名称、特定禁止シードボム。事件のせいで少し放置物への法令が厳しくなった

*6:高度な遺伝子組換えの産物だ。白藤さんといい、学会へ現れることのない隠れた技術者は多いのかもしれない。それを単純に憂うのも違うだろうか