『--ねえ嘘よね、今日が今年最後? まだ半月以上残ってるのに?』
今日は待ち合わせが早い時間になったと思ったら、会って一言目*1がそれだった。
「おはようございます、ベティフラ。ええと……」
『--今日、早く検査行くから。終わったら残った時間で遊ぶの』
ムスリとした口調で言い切って、幼子みたいにベティフラは僕の手を引いた*2。
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前話(56話)
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検査は滞りなく終わった。ベティフラが「『バイオリズム乱れると診断時の説明長くなるでしょ。大人しくしてるわ』」と言って、本当に静かにしていたから。アイソレーションポッドから発せられる検査パルスの身体への響き方が普段と違うのが、はっきり感じられたくらいだ*3。検査結果は優良だったし、その後雪降る自然区域へ行くのも許可が出た。
「『喜びの音ーっ*4』」
控えめに声をあげてベティフラは思いきり跳ねた。浅く雪の積もっただけの野原に怪我しないように飛び込む。目覚めの音だ。しっかり着込んでいるから、浅い雪原に仰向けになってもあまり寒くない。
……電脳世界の装いに関しては、ベティフラだって冬には電子の身体で服を「着込む」。オーバーサイズで輪郭の柔らかくないコートが最近のトレンドで、着ていたはずだ*5。
「『あーあ、24日おきじゃなきゃなぁ。年末年始どっちかは必ず捨てるのよ』」
来年はほぼ年始からスタートするけれど、ベティフラはそれでも嫌らしい。
(「そういえば、どうして24……いえ、12日おきにメンテするのでしたっけ」)
「『単純に、最初は本当に12日おきにメンテしてたからよ。手探りからの見切りスタートだったんだもの』」
12おき。現代の水準からしてかなり高い頻度なのは間違いないが、ベティフラの活動が多岐にわたる(そして僕の知らない電脳世界の要職にも就いているらしい)のを考えるとやり過ぎとも言えない。
「『まあ、最初の頃はそこまで仕事忙しくなかったし、メンテし易さ最優先で色々変えてもらったりしたわよ。慎重な人間ちゃん達は12日おきって体を変えてくれなかったけど』」
僕はそちらの技術者では無いけれど、少し羨ましい。自分のプログラムを知り尽くしたAGIが人間の視点も汲んで自己の改善提案をしてくれるのはどれだけ助かるだろう。
「『それで……何の話してたかしら』」
(「ガフさんの再起動を進言したのはベティフラですか?」)
「『……あたしは「良いんじゃない?」って賛成しただけよ』」
つい余計な事を聞いてしまった。ベティフラは嫌そうな顔をしたが答えてくれる。
「『あたしの一言で全部が決まる訳じゃないもの。あたしが決めるとしてもあたしの好みだけで決めるわけにいかないし。ヒマワリに遭わせられないような子でも社会的には関係無いし、旧式の中ではわりと最終系モデルだったからあたしの人格コアシステムに適合しやすいし、知名度あるしポジション似てるから仕事減らせるし、そろそろ元人間コアのAIちゃんも「救って」バランス取る時期だし』」
思っている事がつい出た、という風に話してくれるけれど、僕が聞いたから話してくれたのだろう。話し過ぎな気もするけれど、いつも通り僕が忘れれば良い事だ。
「『って思ってそう』」
(「はい?」)
「『いいえ、こっちの話。一応あたし、ヒマワリを頼んだわよ。本当に』」
左耳のナビゲーションシステムが起動して、ホログラムの妖精が『--頼まれたわ、本体のあたし。しっかりとね』と小さい手を振った。
「『えい』」
ベティフラはその全身に雪玉をぶつけた。いや、大きさからして押し潰した。
『--えっ何すんのあたし?!』
「『別にー。ホロなんだから良いじゃない』」
『--何々? ヒマワリ助けて』
ホログラムは僕の、いやベティフラの顔に登ってくる。ベティフラは気にせず鼻をつまんだりする。どうしようもないので僕は黙ってベティフラ達の雪遊びを見守った。
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次話
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*1:人格コアデータをインストールしたドロイド姿で訪れ、顔を合わせてすぐのことだ
*2:人間の人格モデルすら無い完全AIであるベティフラには、無から感情を作り出し表現する事は簡単のはずだが、ベティフラは感情の生まれる「人間らしい」過程を重視しているように思う。それが最新型AGIの導く最適な思考パターンなのか、ただの好みかは判断しかねる
*3:僕の身体を電磁波を通すある種の伝導体とおく。ベティフラという電磁波発生装置を内にインストールしているか否かで、外部からの電磁刺激に対する反応が変わる。イヤホンを装着していても変わるだろう。乱暴に言うならあるいは、単に氷を入れた器に水を注ぐようなものか
*4:細雪の降る音。「この空の喜び」。つまりは宇宙第二プラントの環境改善の重要な転換点の音で、研究者が急に詩的感覚優位表現をしたくなる性質の現れだ。積雪を踏む音は「この地の目覚め」
*5:大抵の場合、トレードマークの羽は服を無視して飛び出たようにデザインされる。たまに羽を収納する袋がついている事もある。垂らしていると大きな猫耳フードのようだ。その際、指出しグローブのように生地を切って羽を一部露出させている事もあるが、公式設定でベティフラの羽は温感も霜焼ける事も無いので問題無い