山の端さっど

小説、仮想世界日記、雑談(端の陽の風)

我がモノ電子歌姫の「外の人」32

「お、今ちょっと良いかなー」
「すみません、教授。今日はもう帰るところなんです。少し……用事が」
「ああうんうん、そうだねえ。すぐに休んだ方が良さそうだねえ。帰る前に保健室にも寄ってみたらどうかなあ」
「ご迷惑おかけします。失礼します」
「はあい。ちゃあんと休んでねえ」


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前話(31話)
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 気づけば街の公園内を歩いていた。普段は通らないルートだが、無意識に家までの最短距離を歩こうとしていたらしい。この時間帯の公園に来るのは初めてだ。遊具に親子連れが2組ほど居る*1が、それ以外は無人だった。静かだ。
 帰ったら予約を忘れていた調理器*2を起動しなければならない。それから、ジムを休んでしまったお詫びの連絡を入れよう。今でも立ち止まって調理器に遠隔で指示したり一報入れる事は出来るのだが、歩き続けたい気分だった。ながら端末は推奨されない。その次は、いつの間にか注文していたシステマスケッチセットの受取予定時間変更。ベティフラ関連のスケジュール側も確認して配達時間をセットするのを忘れていたらしい。それから。瞬きをするために目を閉じる。



 目を開くと聞き覚えのある音がする。反射的に身体がこわばる。そんなに警戒してはいけない、と続けて思う。駆動音だ。警備ドロイドの*3。聞こえ方が少し違う。

「あ。起きた?」

 ……気づいていたのに、しばらく視界の中で灰色さん……DZ-ノ26番警邏職員さんの顔を認識するのに時間がかかった。向きが変だ。

「もう少しそのまま横になっててねー。緊急医療処置してるから」
「医療……え?」
「点滴」

 僕はポッドの中に横たわっていた。状況を把握した途端に立ち上がりたくなる。緊急医療処置の判断だけを行うなら街民の登録情報とバイタルだけを診るから僕の体質の事が漏れる事はない。いや、問題はそこではない。

「僕は、倒れたんですか」
「うん。30分くらい前かな。軽い脱水と寝不足とか色々*4。公園にいた人が知らせてくれたから、すぐ処置できたよ」
「ありがとうございます」
「伝えておくねー」

 ……だんだん恥ずかしくなってきた。自己管理ができていない。管理システムからも人からも言われてきたが、通り雨に濡れた訳でもないのにラボからの帰り道程度の距離で倒れるのはどうかしている。

「ごめんなさい」
「そんなに言わなくていいよー」
「え?」
「ずっと言ってた」

 寝言で?

「それは……」
「あはは、言えとは言わないけどさ。多分ストレス溜まって発散できない時の症状だから、自覚があるなら出来る事してみなよ。……また30分ポッドに籠もる事になる前にさ?」
「そう……ですね……」

 なんとなく、灰色さんの様子が違う気がした。うまく思考に落とせないけれど、何か男子三日会わざれば、という程度の事かもしれない。この人に対して刮目するのは少し怖い。

「早く寝ているつもりなんですけど……」
「ベッドの中で眠れてる?」
「意識が覚醒したままでも、目を閉じてじっとしているだけで効果があるそうですし」
「うん、それなら……」
「……すみません。じっとしていられなくて論文を読んだりしました」
「起きてるねー」

 眠い。点滴が終わるまでもう少し寝ても許されるだろうか、と思っていると、小さな笑みが漏れるような音が聞こえた。つい出てしまったような、引き攣るような声。

「行政じゃ解決できない事かー」
「?」
「いやー……いやさ。この前の事考えたりしたんだよねー。色んな問題抱えてる人の前で、お兄さんにできる事なんてちっぽけだ。でもやるけどね」

 ……何かあったんだろうか。あったんだろう。

「ええと、あの。僕は今、解決したい事がある訳ではないです」
「お?」
「困っているわけでもありません。出来る事はして、その結果を受け入れた後なんです。ですから何もできないのは当たり前です……あ、でも、体調が悪いのを解決してくれました。ありがとうございます」
「そっか。良かった」

 瞬きをする。今度は意識が落ちると事前に分かった。

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次話
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*1:僕らの世代には信じがたい事だが、自然環境的にも文化的にも、こういった「平和」で「余裕のある」光景が「普通」になったのは最近の事らしい

*2:完全自動調理器。120万ほどレシピが登録されているらしいが1万分の1も使った事がない

*3:厳密にはDZ-ノ26番警邏職員とペアで活動する警備ドロイドの駆動音と識別音と推定されるもの

*4:こういった簡易処置であっても、必ず医療診断の結果は本人へ個別に通達される。警邏職員を信用するならここで詳細を聞く必要はない