山の端さっど

小説、仮想世界日記、雑談(端の陽の風)

我がモノ電子歌姫の「外の人」31

「わお、マジだ居る」

 声と同時に、横からシアンカラーのキャップを被せられたのは外出中の移動中だった。目の前が一瞬煌めく。顔面部にホログラムが付与される機能付きのアイテムだ。おそらく人相の印象を変え、誤魔化す為に*1
 ビルの上からくるりと降りてくる身体は小さく軽やかだ。魚が描かれた改造エアガンのワイヤーをうまく扱って、目覚めの音*2ひとつ立てずに雪面に着地する。

「さ、桜さん……?」
「しっ。帽子取んないで。誰見てるか分かんねーから」

 昨年末に農園で会ったあの子だ。チーム「レイニーグレール」のメンバー。神出鬼没。

「ちょっと付き合ってくんない? 先生がヤベーの!」
「え、先生って」
「アニヒレスト!」

 イコール、白藤さん。レイニーグレールの「先生」で、手続きはまだだが、僕の研究室の一般研究生。

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前話(30話)
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 シアンカラーのリストバンドから出力される腕の血脈パターン*3を認証に、平坦なビルの壁面から何故か寄木細工のようなからくりで現れた隙間を通り地下に入る。隠し扉が閉まると、もうどこにあったのか分からない。

「うわ、焦ったー、大人通れる通路残してて良かった! ここで会えると思わなかったからさ」
「僕も遠出中に会うとは思いませんでした。それで、あの……白藤さんに」
「その呼び方してんの? 先生、俺達にはそう呼ばせてくれないんだけど。ガキ扱いしてくるんだよなー」
「何があったんですか?」
「とりあえず今はユクエフメー。生きてるのは分かってるけど」

 リストバンドを指差している。何か信号かバイオリズムが届いているらしい。

「位置情報は分かんない。あのー……活動してて。いつも通りさ」
「はい」
「うちのボスが忙しいタイミングで、先生の出番があってえ……普段は先生、出ねーんだけど……そん時他にメンバーが、居なかったり出れなかったりで……」
「……」
「……俺がバカだったんだ。俺には出るなって、先生が大丈夫だから任せろって。ホントバカ。マジで。考えたらおかしいって分かったのに。せめて周囲警戒してたら逃げられる事なかったんだ。先生がああいうコト言っても絶対二度と信じない」
「……誰かに、連れ去られたんですか」

 聞くと頷く。肩が震えている。

「今メンバー少なくて、俺、どうしたらいいか分かんなくなって……この辺りであんたの顔見たって捜索メンバーから聞いて……」

 ……何を言っていいか分からない。

「……助けてくれる?」
「僕に、出来ることでしたら」

 ……桜さんを前にすると、なんとなく口が軽くなってしまう気がする。

「じゃあさ俺ら、人手が欲しくてさ」
「?」
「あの……あいつ、いたじゃん。夕方みたいな色の髪とかしてた」
「あれは、朝焼け色のコーデかと……」
「アサヤケね。じゃそう呼ぶ」
「……?!」

 背後に気配を感じて振り向くと、朝焼けさんが地下通路の奥から現れた。
 どちらかというと穏便な状況らしい。後ろに1人レイニーグレールのメンバーらしき子供がついているし、2人とも怪我や拘束の様子もない。ただ、メンバーの方は不満そうな表情だ。その顔のまま、桜さんと合図を交わし、ジロリと僕も見て床の仕掛け扉を開くとスッと降りて行った。

「どうしてこちらに……?」
「ヒマワリ様、ご容赦を。年末より、『ゲヘナ』の終息確認のためレイニーグレールと接触しておりました」
「えっ……あ」

 初詣に行った時のベティフラの言葉を思い出す。仕事。

「今日は最終確認の予定だったのですが、面倒事の最中でした」
「人が忙しくしてる時に来て業務外だって何も手伝ってくれなくて困ってたんだよなー、正直! 帰らせるか手伝わせてくれない?」

 ……もしかして僕はこの為に探されたんだろうか。

「アサヤケには帰ってもらいなよ。邪魔。あー、アンタはまだダメ」

 先ほどのメンバーが今度は背後の壁の影から現れた。不機嫌そうな声色で僕に小さな袋を手渡してくる。

「?」

 中に入っているのは小さな粒だ。生物分解プラスチック製の、玩具の銃で弾として使うタイプの。とても見覚えがある*4

「現場の遺留品のアーゲリ品。調べらんない」
「手がかりですね。アーゲリとは?」
「あー、『アーティスト・ゲリラ*5』。ゲリラプランナーの事。あいつら大量にあんの」
「調べてみます」

 ゲリラプランナーの落とし物なら、あの緑化コンクリート破壊型の植物種子が入っているだろう。中身が分かれば白藤さんを誘拐した団体が特定できるかもしれない。場所が絞れる。

「白ふ……『先生』の研究設備に特殊なルーペやスケッチ道具のようなものはありませんか」
「あ、俺見た事ある」
「そちらまでお願いします。それと……」
「ヒマワリ様。お手伝いいたします」
「ありがとうございます。行きましょう」



 壁の隙間から通路に抜け、自走式のポッドに桜さんと3人で乗り込んで移動する。通路の途中で何故か止まった、と思えば、そこにはまた別の通路への道が隠されている。

「凄い仕掛けですね……」
「それよりさ、ヒマワリって俺も呼んでいい?」
「え、ええ」
「やった! ヒマワリってもしかしてボンボン*6?」
「はい?」
「だったら何ってコトないけどさ。なんかスッゲー育ち良さそう」
「いえ違います! あの、一般人です」
「えー、様って呼ばれてんのに?」
「それはその……『先生』みたいな専門職の呼称のようなもので……」
「ソレ一般人じゃなくない? ま、いっかー」

 助かった。ベティフラの事を話す訳にはいかない。
 話はそこで終わり、その後も何度か隠し通路に騙されながら「先生の研究室の一つ」にポッドは到着した。



 入ってすぐ、机上にシステマスケッチセット*7は見つかった。白藤さんは普段からスケッチをしているらしい。近くの記録紙に数パターンの植物の種のスケッチも残されている。団体名らしいものの記載がある。

「これ、もしかして各団体の使う種子をスケッチしたものでは?」
「ホントだ!」

 すぐにルーペを立ち上げ、汚染に気をつけてプラスチック粒を開封する。思ったよりぞんざいに種子が入れられていた。ルーペを当てると、調整する必要もなく焦点がすぐに合う。

「この形は……この図の種子です」
「うっわ、反パペ」

 桜さんが顔を歪め、焦った様子でメンバーに連絡を飛ばす。朝焼けさんがそっと耳打ちしてくれた。

「パーペチュアル系、電脳空間を過剰賛歌し、あらゆる物のデータ化と実像の破壊を目的とする違法組織です。文明の破壊と自然回帰を目論むゲリラプランナーとはしばし対立します」
「ああ……」

 パーペチュアル系と対立が激しいゲリラプランナー。過激な団体が想像できる。壇戦期*8にもこういった思想の対立構造は起き、激しいいさかいに発展したと聞いている。

「もしかしてアニヒレスト……絶滅させる、というのが、彼らに通じるところがあるんでしょうか」
「恐らくは。両方の教義に使える技術ですから、『アニヒレスト』を協力者として手に入れる為の誘拐かもしれません。もしくは」

 言われずとも分かる。スケッチが残されていて、ルーペは種子観察用にセットされている。
 レイニーグレールも何らかの理由で、ゲリラプランナーの事を探っていた。その反撃に遭った可能性もある。

「いかがしますか?」
「……」
「お望みなら、私の持つ情報を彼らに渡せます。『戦力』を貸すこともできます」
「……それは」

 それは。
 それは領分を越えていないだろうか。
 僕のしてはいけない事ではないだろうか。

「ぼ……くには、無理です。それをあなたにお願いする事は。権限もないですし」
「そうでしょうか?」

 ……例えば。ベティフラには、レイニーグレールを調べるように朝焼けさんに指示を出す権限があるらしい。ゲヘナの件では、グレーな事をして僕の我が儘を叶えてくれた。初詣の時の支子さんの言葉を信じるなら、僕はプライベートでベティフラに連絡を取ることができる。

「でも、それは……」

 灰色さん*9に匿名で通報する事はできないだろうか。ダメだ。状況を正しく説明できないし、万一白藤さんが一緒に捕まってしまったら、研究生にはなれない。
 レイニーグレールの戦力が戻ってくるのを待つ時間はあるだろうか。分からない。そもそもこの高速化する現代、人が攫われて、1日無事でいる確率は何%だっただろう。統計局のデータを思い出したくもない。

「お願いします。ベティフラに連絡を繋いでください。白藤さんを助けてください」
「かしこまりました、ヒマワリ様」

 朝焼けさんは少し微笑んだ、ように見えた。



「……ええ。勿論です。……次回? はい、何でも構いませんが……はい。では……ありがとうございます、ベティフラ」

 電話を切って、朝焼けさんに目配せをする。朝焼けさんは頷いた。

「では、ヒマワリ様は一度お帰りください。後は私が……」
「待った!」

 桜さんに腕を掴まれる。ひと通りメンバーへの連絡は終えたのだろうか。

「桜さん?」
「ヤな感じなんだけど、何? こいつ何しようとしてんの」

 こいつ、で指差したのは朝焼けさんだ。

「いえ、嫌な事は、何も。何もないです」
「ウソつき。見たら分かるよ」

 本当に桜さんには人を見る目があるのかもしれない。僕の後ろめたい心を見通された気分になる。

「大丈夫です。僕はこの後外せない用事が出来てしまいましたが、『朝焼けさん』にお手伝いをお願いしました。きっと助けられますから。ベストを尽くしましょう」
「ヒマワリ……?」





 数時間後、無事に白藤さんが保護されたという報告を家で受け取った。『良かったです』とだけ返して、ベッドにもう一度潜り込んだ。

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次話(2/18)
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*1:事と次第によっては着用した時点で法令違反になる気がするが、今回は大丈夫のはずだ

*2:雪を踏む音

*3:血管の配置や脈のパターン全体をスキャンし確認するもの。理屈は分かるが、これほど手軽に使えるのならば相当な技術だ

*4:4話。

*5:明確に侮蔑表現だ。アートと結びついた、一見理解し難い攻撃的な不法行為を行う集団の事だろう。アート業界からも疎まれる

*6:「育ちの良いお坊ちゃま」を俗に言った言葉、というのが僕の教わった言語学教授談だ。何度か死語になったり若者言葉として「発掘」され社会に定着したりを繰り返している珍しいケースだが、皮肉めいたニュアンスがあるため用例に上げづらいらしい

*7:特に動植物試料の微細構造をシステム的に変長レンズ等で観察するもの。スケッチセットには大抵ミリペンと記録紙が付属している。ペンのため描き直しは不可。たしかその方が都合が良い理由があったはずだ

*8:学壇や世界組織が次々と内部分裂を起こしかけた時期。ざっくり30年ほど前の事だ。結局多くの組織が分裂は免れたが、その影響は対立構造として各所に残っているらしい

*9:DZノ26番警邏職員

我がモノ電子歌姫の「外の人」30

「『……ね、ヒマワリ、人間の体ってあの揺れ再現無理よね?!』」
(「はい、なので、ライトフットスイッチをアクティブにします」)
「『うっ、こういう、ことっ、出来てるわよね?』」
(「あっ、9番フィンガー外れてます! 次の斜め回転に使います」)
「『えっきゅうばん?! とっ、届かないっ』」

 拡張動作デバイスのフィンガーループを左薬指に引っ掛け損ねたベティフラは、「『あはは、無理』」と保定ベルトに身を委ねて力を抜いた。電脳空間内の僕のアバターは回転に失敗し足をもつれさせて床に倒れている。

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前話(29話)
https://yamanoha334.hatenadiary.jp/entry/Diva.BettyFlyower_029
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 完全AIであり電脳世界で活動するベティフラには人間や動物型の脳波・身体デバイスは使えない。勿論、各入力ポイントへ特定のパターンで電気信号を出力すれば再現は出来るだろうが、それではベティフラが直接自分の人間型アバターを動かすのと同じだ。身体感覚で操作したとは言えない。……らしい。

「『だってベティフラステップ*1が人デバ*2で再現可能になるオプションとレシピなんて、試すしかないじゃない!』」
(「人体の構造上、一応可能には見えますが……」)

 十指と足、膝、肘、肩、背中など様々な箇所にアタッチメントを付け、拡張設定を付与する事で特殊な動きを可能にするものだ。滞空時間を延ばしたり、重心をずらして不可能な動きを可能にしたり。先ほどから何度もチャレンジしているがまだサビに入れない。

「『いえ、でも分かったわ。回転はお腹のセンサーの動作メインに感知するもの、早めに9番起動しときましょ。体幹揺らさなきゃ数秒くらい保たせられるわ。こうやって』」

 ベティフラが動きを試す。身体は同じなのに僕のものとは思えないしなやかな動作だ。使い方次第らしい。

(「あの」)
「『待って。言わなくても分かるわ。そうよね、この次987って連続でフィンガー操作必要だから余裕でここ出来ないと結局この先アウトよねー……』」
(「……」)
「『ふーっ。ねえ、ヒマワリ』」
(「わ、分かりました」)
「『待って、まだあたし言ってないわ、待って。言わせて』」
(「いえ、まだ分かりませんし」)
「『そのセリフ二つだけ拾うと矛盾してるわよ! ……今日でマスターできなかったら、次回もコレやっても、良い?』」
(「分かりました」)
「『即OK出されるとそれはそれで複雑だわ……』」

 ダンスの成果をリアルタイムで確認できるよう、鏡が置いてあるのでベティフラの表情の変化はよく分かる。何かをねだる時に、ベティフラはとんでもない表情をする。……今回は、余計に。

 僕を使う時に歌やダンスやステージに立つ事を一切求めないとベティフラは言ったが、ここまで厳密に約束を守ろうとしているとは思わなかった。申し訳なくされると、困る。
 AIの、いや、ベティフラの判断基準ではオフの日のダンスは抵触するのだろうか。違反までいかずとも、約束がある以上ダンスの練習もさせられないだろうという一般的判断*3に気を遣っているのかもしれない。
 なら、この関係を始めた時に交わした他の約束は、どうベティフラの判断に作用しているだろう。
 ……まさか、あれ*4は気にしているだろうか?

「『……ヒマワリぃ……』」
(「あの、気にしていませんから」)

 返事をしたのにベティフラはしばらくしおらしげな表情を崩さなかった。


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次話
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*1:電子歌姫ベティフラが電脳空間で人間似のアバターを用いて披露する、生身の人間では再現不可能なステップ&ダンス。途方もないので普段考えないようにしているが、今僕の身体を使っているのと同じベティフラだ

*2:人間身体型対応デバイスの意。電脳空間への接続デバイスは当然人間への目的が主なので妙な故障のような気もするが、人間の使用するデバイスは一種類ではない。身体運動をリアルに、あるいは変換・拡張して電脳空間に反映するのが人間身体型対応デバイス。身体運動を必須とせず脳波操作や定型パターンの選択などに特化し好きな体勢で使用可能なものが拡張型脳波対応デバイス、「拡デバ」。拡デバでのベティフラステップ再現は簡単だが、それでは人類の再現という意味では一歩目に過ぎない。……人間とベティフラの共通見解だ

*3:限定品の電子アイテムが欲しかったとして普通はサーバ攻撃でデータを盗むという手段は選択肢から排除する、といった文章の「普通は」に相当するものだ。AI人格基礎ではこの「普通」をいかに正しく組み込むかが重要だと教えられる

*4:007583

我がモノ電子歌姫の「外の人」29

「こんにちは」

 6日前と同じようにビオトープ施設の地下に入ると、最初から奥の部屋は開かれていた。

「入りたまえ。ちょうど準備が整った所だ」
「準備……?」

 中に入るとハーブティーの香りがした。テーブルには、小さなクリアケースを挟むように2対のタブレットとレンズが置かれている。

「もしかして……システマスケッチ、ですか……」



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前話(28話)
https://yamanoha334.hatenadiary.jp/entry/Diva.BettyFlyower_028
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「……つまり、近年のニヒリズムには総じて大局観が無いな。早く言えば薄い。己が煮詰めたのでもない厭世観の溶液から生まれる結晶を磨いていれば良い時代は終わっただろう」
「それは……」
「いや、今はエコーチャンバー*1で眠る赤子か」

 通称システマスケッチは葉を構成する細胞の微細構造や内生菌、表面の微生物叢*2を特殊な照明と器具で観察し、記号を用いて模式的に示す方法だ。早く言えば、生物学観察の基礎中の基礎練習課題。難しい話と相性が悪い。

「あのパーソナライズとかいう、ニュースまで趣味嗜好とやらに合わせて自動でカスタムする馬鹿機能のせいだ。報道くらい一斉配布しろ。あれで正しく世情を認識出来るか?」
「その、被識拡大プログラム*3もありますし」
「ち。これだから壇戦期を知らん奴は」

 壇戦。聞いた事はある。2、30年前、世界的学会が次々と大きな論争に巻き込まれ、激しい対立により分裂しかけたという話だ。しかし、「アニヒレスト」は知っているというのだろうか。

「何か勘違いしているようだが、私はあの男……貴方の教授の1年後輩だ」
「えっ」
「若く見えるのは努力の正当な成果として満足だがな。壇戦の直接の目撃者だ」

 アニヒレストはスケッチの手を止めて笑った。

「といっても無知な若者の目だ。何が原因で知識人どもが論舌を捨て、目の前で殴り合いなど始めたのかも全く分からなかったよ。理解できていれば今ここに居られないだろうしな」
「今の……今の状態に満足されているんですか」

 しばらくして深いため息が聞こえた。

「……貴方はだな」
「は、はい」
「……手を止めるな」
「アニヒレストさんも止まっています」

 思わず反論すると「『白藤』だ」と重々しい返事が返ってきた。

「呼びづらいだろう。白藤で良い。……別に手は止めても良いが、話は止めるなよ。今適当に話を切り上げようとしただろう」
「それは……」
「今は完全に、壇戦期を目にしたかつての若者が、学会で我が物がる魔物どものエゴイストと屁理屈と腐敗とに疲弊して袂を分かち、やがて非合法集団に与して芽生えた己の信念を実行するようになる……までの流れを打ち明けながら、己の内心を整理する所だっただろう。流れを断ちやがって。ようやく私が向き合おうとしたのに、そちらが逃げてどうする」
「僕は、教授の代理ではないので」
「わざわざ二度目を来てくれてまだ言うか?」

 と、言われても少し困る。今日なぜ呼ばれたのかも分かっていない。秘密を聞く作法も知らない。

「少し状況を紐解くか。あの男……教授は私の返事を聞いて何と言っていた?」
「特には……悪いけどもう一度お使いをよろしくね、とだけ。何をしろとも言えとも言われていません」
「そうか」
「……笑っていました。あの、楽しそうに」
「フン。手駒扱いされたと怒って良いぞ」

 困ってスケッチに目を落とす。ぐちゃぐちゃだ。環境システムは学生時代科目を取っていたのに、一度も見た事のない構造のような気がしてくる。

「あの男は私の事情を大抵知っているよ。明かしてはいないが、レイニーグレールの事も勘付かれていると思う。止めたいのかと思えば何も言わない。なんなら研究室を持っている前提の試料分析の仕事など非公式に依頼してくる」

 僕が6日前に持って行ったボックスの中身も、そういった依頼品だろうか。あるいは物品報酬か。

「……絆されろと思っているのかな。そろそろ、若者を支える『内の人』になれとね」
「それは違います」

 その意味はピンと来なかったが、表現が引っかかって僕は口を挟んだ。

「ルール上、一般研究生も個別の研究テーマと課題に取り組む活動が保証されています。一般生が本研究生のサポートばかりさせられる実態が度々報告されているのは、それが正しくない運用だからです。教授ならしないはずです」

「詳しい口振りだな。もしかして貴方、一般研究生について色々調べてくれたのか?」
「は、はい」
「ふむ。話を聞きたくないのかと思ったが、存外乗り気じゃないか」
「それは、この件に僕が関わるのは筋違いかと思いまして」

 可能なら今からでも僕を外して教授と2人で通話してほしい。アニヒレスト……白藤さんと話していると、この星に通信機器が無いか通じない場所があるのかと錯覚しそうになる。当然今居る普通の大学附属施設内では使える。
 などと考えていると、白藤さんが僕の手元のスケッチを取り上げた。

「下手だな」
「恥ずかしながら、スケッチ課題単体で合格点を頂いた事はありません……」
「だが初見の生態系スケッチとしては及第点だ」
「初見?」
「テキストに載っているようなお綺麗な環境ばかり描かされてきただろう。現実の生態系は複雑怪奇、というのもお約束として学んだか。しかし現実というのは条件のパッチワークだけでも説明できない」

 もしかして。このフロアは寄生植物群エリアだ。一見普通に見える観察対象の葉も特殊なものだったのだろうか。拡大鏡の中を見直してみても違和感までしか感じ取れない。

「私が絶滅させた寄生真菌を含む叢だ」
「はい?」
「昔だよ。正確には、この大学施設に収集されていたこの標本ケース内を除いて、この星に生息していた真菌を全て根絶やしにした」
「そんな事、出来るんですか……?」
「面倒だったよ。だが、一部の鳥類に面倒な感染症を媒介する性質を持っていてね。放置できないと思った。生態系の変容も含めて意外と上手くコントロールできたと思うが、心残りは存外に生態系図が美しい形をしていた事だ。このケースの中まで絶滅させる気にはならないな」

 設備の破損は犯罪です、とは言わなかった。無視はしないがそこが本題ではない。僕には観察しても気づけなかったような繊細な美学の話をしている。
 どんな構造が美しかったというのだろう。そっと白藤さんの手元を覗き込むと、全く読めない線の集合体がスケッチ紙の上に載っていた。

「……」
「……下手だろう。私も苦手でね」
「い、いえ」
「正直最近、技術の幅を広げる為に体系的な学びを得たいとも思っていた。我流には限界がある」
「と、いうと」
「一般研究生というのも悪くないと思っているよ。学壇に寄る気はないし、『本業』が忙しいため頻繁には来れないだろうがね。誰かに頭を垂れるならあの男が、まあ、適任だろう」

 僕無しで話がまとまってきた。

「……教授に伝えてくれ。本業で大きな案件を抱えているから、それが終わり次第正式に手続きを願いたいと」
「はっ、はい」
「これから私に妙な気遣いをするのは止めてくれよ、先輩。……と」

 白藤さんは静かに笑んで、スケッチ紙をクシャクシャに握った。

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次話(30話)
https://yamanoha334.hatenadiary.jp/entry/Diva.BettyFlyower_030
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「……教授に直接伝えた方が良いのではないでしょうか……」
「貴方を経由した方が面白そうだから言っている。あの男の反応も見たくない」
「そうですか……」

*1:音の反響する小さな空間。同じような意見が増幅される狭いコミュニティ

*2:「びせいぶつそう」。葉の表面に棲む微生物などの作り出す生態系

*3:まさにエコーチャンバー、被識情報の偏りにより思考・認識ひいては常識観が偏るのを防止する為のプログラム。負のフィードバックとしてストックされた傾向の異なる情報を摂取する事で緩和される、というのがテキスト的な建前だ。最近気づいたが、僕の周囲の研究者にはそれほど好評ではない

我がモノ電子歌姫の「外の人」28

『うん、皆揃ったかなー? ごめんね、ちょっとぼく今病院からねえ、出てますよー』

 僕の研究室では教授の会議招集に全員が集まる事は少ない。年単位で久しぶりの事だ。画面に映る教授が白衣とスポーツウェア以外を身につけているのも久々に見た。

「……え、今教授、入院されてるんですか?」
『イエスエス、イエス。今個室。学会も近いのに悪いねえ皆』
『何したんすか。教授』
『ギックリ腰*1だよー』
「教授でもなるんだ……」
『うん、なるんだねえ。あ、面倒だから入院見舞いは受け取らないよー』

 ニコニコと微笑んでいるので何とも言いづらい。

『問題は起きないと思うけど、しばらくの事は皆に任せたよ、うんうん。それじゃあねえ、これから診察だから切るよー』

 何を聞く暇もなく、通信は切れた。

『……任せるって言われても』
「ええと……見舞いも断られましたし……」
『来客予定も教授の手伝いも返事待ち案件も無いすね』
「何だろ、運動不足組も気をつけようとか? まあうちのラボじゃ全員か。明日は我が身」

 先輩の言葉に全員で頷く。恐らくこの中で最も日頃の運動量が多く元気なのは教授だ。登山の為にこっそりジムに通っている僕など絶対敵わない。フィールドワークが必要ないのに普段から趣味として僻地へランニングやサイクリングで出掛けている。走行距離に比例して頭が回るマシンなんだろうと学生達が話しているのを聞いたことがある*2

「了解です」
『そすか』
「……ところで君、今日も来ないの? 椅子の部品グチャまほ*3状態だけど。教授あそこ通ろうとして転んだんじゃないの*4
『俺すか。今日はプリント日*5す。計算間違えてて全部品作り直しすから』
「じゃあ来て今あるもの全部片付けろ」


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前話(27話)
https://yamanoha334.hatenadiary.jp/entry/Diva.BettyFlyower_027
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 その後、折を見て僕は個人的に教授に連絡を取った。

「すみません、教授」
『うんうんいいよー。何かな』
「その」

 そっとメッセージギフト*6を送る。

「ささやかですが、僕が入院した時、とてもお心遣い*7を頂いたので……」
『うーん、そう言われちゃうと困るねえ!』

 貰っておいて返さない訳にはいかないが、ギフトは相手が受け取り拒否する事もできる。

『うんうん、そうだねえ、君からだけ受け取るわけにはいかないからねえ。代わりにひとつ用事を頼んで良いかなー?』
「用事?」
『イエスエス。学会とかは連絡すれば休めるけどねえ、これだけはそうもいかなくてねえ』
「……もしかして骨折されたんですか?」

 腰痛だけなら休む必要はない筈だ。

『……うーん、うんうん、そうだねえー。実は腰の骨をちょっとね』
「い、言ってください」
『言ったらびっくりするからねえ皆。後にしようと思って』
「いえ、すぐ言ってください……」

 お見舞いを受け取りたくなくて症状を軽く言っていた、などという理由ではないと信じたい。

「それで、用事というのは」
『簡単なお使いだよー。少し離れた街に荷物を届けて返事を貰って来て欲しいんだよねえ』
「そのくらいでしたらいつでもお受けします」

 郵送不可の荷物らしい。本来なら教授自身が届けるつもりだったのだろう。

『うん、それじゃあねえ。ラボのぼくの机に1つだけ、手入力キーボード式のロックが掛かった引き出しがあるんだよねえ』
「はい?」
『うんうん、普段は電子ロックの引き出しの中に入れてあるんだけどねえ、そっちは机のタッチパネルで27を選択してパスワード入れれば生体認証無しで開けるからー』
「いえ、あの」
『まず机のタッチパネル起動方法とパスワードはねえ……』
「あの?!」

 僕は冷や汗をかきながら機密資料入りの引き出しを漁った。『電子ロックの方は遠隔でパスワード変えられるから心配ないよー』と言う教授の緊張感のない声を聞きながら。





「失礼します」

 教授の電子委任状を提示すれば、驚くほど簡単にセキュリティは入室を許可する。僕は手のひらに乗るくらいのボックスを持って温室に踏み込んだ。中は冬でも適温と程良い湿気に保たれている。
 意外にも荷物の届け先は近隣大学の附属施設だった。いわゆる温室ビオトープ型の環境シミュレーション施設*8だ。上も階層構造になっているが、目的は地下階だ。委任状権限階層まで降りると、無数の透明のボックスに入れられた鮮やかな植物が目についた。寄生植物群だろうか。そのまま進んで奥の扉に委任状を……かざすまでもなく、扉のロックが中から開いた。

「お前、いい加減しつこいぞ。私は学会には戻ら……なぁ……」

 教授が来ると思っていたのだろう。中から喋りながら出てきた眼鏡の背の高い人が、僕を見て固まる。僕も思いがけない事に動けなくなった。

「…………あ、『アニヒレスト*9』、さん……」
「……ああ……貴方には名乗ったな……」

 あの「レイニーグレール*10」の地下仮拠点で出会った謎の人だ。生体遺伝子操作のスペシャリスト。こんな場所で再び出会うとは思わなかった。

「きょ、教授の代理で来ました」
「代理? ……はぁー……バカか」

 段々と調子を取り戻したようだった。

「あの男に私の事を話したのか」
「?」
「違うなら良い。いや、どちらでも構わん。それよりだ、あの男は何をしている? こんな事でラボ生を使い走らせるなど怠慢だろうが」
「ええと、骨折で入院しました」
「何? 筋トレのし過ぎか?」

 僕は黙って空間に数時間前撮られたビデオを表示再生した。

『やあごめんねえ。事故っちゃった! 些細な事だから入院見舞いは絶対受け取らないからねえー。送らないでねえ。受け取らないからねえ』

「……何だこれは」
「入院の話が出たら再生するようにと言われました。あの、本題では無いと思います」
「そういう事ばかりするな、奴は。頭のネジを自ら改造して嵌らないようにしているのか。どうせラボも妙なからくりや改造仕掛けばかりなのだろう?」
「流石に教授のスペース周りだけです」

 このボックスを納めていた机とか。

「面倒だ。どうせ私の言動に合わせて幾つかの動画を出し分けるように指示を受けているんだろう? クリティカルなものだけ見せてくれ」
「いえ、あと渡されていたのは1本だけです」

 再生すると教授は開口一番、『君が面倒臭くなるだろうからねえ、あとはクリティカルな話だけにしておくよー。ぼくも楽だもんねえ』と言った。

「っ〜、お前は! ……いや、止めなくて構わないさ。続けてくれ」
「あ、あの、今更ですが僕、席を外しましょうか」

 動画は転送できるし、荷物を渡せれば、ほぼ僕の役目は終わりだ。

「今更だな。だが、確かにあの男……教授と私の面倒話に巻き込むのも……いや、そうか。今更だな」
「?」
「貴方が教授にメッセンジャーとして目を付けられた時点で手遅れだろう。このまま再生してくれ」
「それは、良……」
「この世の全てでなくとも、多くの事柄には良いも悪いも無かろうさ」

 何かとんでもない依頼を受けてしまったのかもしれない。僕は続きを再生した。



『それでねえ、君、これが片付いたら、ぼくのラボに来ないかな。うん、学界じゃなくってね。一般研究生』



「は?」
『まあー、どこまで君が面白がるものがあるかは分からないけどねえ。でも面白い場所は作ったつもりだよー』

 一般研究生制度。通常の大学過程、マスター、ドクターや認定試験を経ない人を特定分野で受け入れる制度だ。異なる職業人の兼業としての研究業など多様な研究スタイルを可能にするし、定員の少ない研究室やサポーターを多く必要とする研究室でのプラスの人員受け入れと門戸解放手段でもある*11

『考えてみてねえー。それじゃあ、治ったらまた遊びに行くねえ』

 そこでメッセージは終わった。

「……」
「……あの、うちの教授がすみません」
「いや……驚いただけだ。貴方は内容を知っていなかった風だな」
「はい」

 以前会った時に、学会を抜けてしまったと言っていた。一般研究生は学会に関わる必要がないとはいえ、不躾な話だろう。それに。

「あの、多分、既にこちらの大学の一般研究生ですよね」
「いいや」
「え」
「ここは伝手で借りる事があるだけでね。手続きは面倒だが、認可があれば関係者でなくとも施設を使用できる。非常に面倒だが……はぁ」

 深く息を吐いている。

「……貴方、6日後の昼、今日と同じ時間にここに来れるか」
「ええと、可能だと……思いますが」
「ではまた来てくれないか。教授には、その後で決めると伝えてくれ。これが私の返事だ。では」

 言い終えると「アニヒレスト」は、ボックスを受け取って僕を急かすように帰らせた。



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次話(1/28(日))
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*1:急性腰痛。現代人は身体柔軟性が極めて低水準とされているが、腰痛を引き起こすような身体活動を行う事も稀のため、発症時には身体機能向上の指導と共に、無理な日常活動を行わないように、という生活指導が行われる

*2:曰く、「にしても走り過ぎだからぶっ飛んだアイディアが生まれちゃうんだろうな……」

*3:汚部屋でたまたま構成された魔法陣から召喚されてしまった不完全悪魔と一人暮らし青年の奇妙な同居を描く日常コメディ漫画作品の通称。来年初アニメ化予定。及び、床に魔法陣が偶然にも出来ていそうな妙に秩序ある汚い部屋

*4:後輩の名誉の為に言っておくと、散らかされているのは人の行き来が行われない、どことも接続していない後輩専用の小部屋の中だけだ

*5:パーツを立体プリントする作業日。座動作研究を行っている後輩は自前の小さなプリンターを持っていて、小パーツはラボや学内共有設備のプリンターを占領せず自室で微調整しながら出力する。ラボ滞在時間がメンバー内で最も短いのもそのためだろう

*6:誰でも使っている某SNSのものだ。秘密裏にメッセージや電子マネー、電子アイテム等をやり取りできる。見舞い用なら「結び切り」や「あわじ結び」のシンプルな水引デザインがお勧めらしい

*7:具体的にはお見舞金

*8:温室の体を取っているが、あくまで建築形式による区分で全てが温室として使われている訳ではない。階ごとに日光を遮断したり過酷な環境にする事も可能

*9:20話

*10:若者を中心とした非合法集団。活動内容は不明、シアンカラーの魚のロゴと改造エアガンがトレードマーク

*11:研究室にも受け入れで利がある風な表現をしたが、実際は一般研究生が人手や多様化に貢献するとは限らない。研究者界隈とのコモンセンスのズレや研究時間の差異、学会での研究発表を目的としていない彼らとのテンポの違い等により、トラブルが起きたり敬遠される事例も多い。ただし、一つ確かな利はある。一般研究生等を受け入れた研究室には補助金が交付される

我がモノ電子歌姫の「外の人」27

(「もうすぐ日の出ですね」)
「『そうね』」

 陽光に空は白み、雲を赤く染める。知覚できないほど細やかに影を薄めていく。元旦ではないけれど、ベティフラと見る「初」日の出だ。

「『ね、ヒマワリ、ちゃんと年末年始らしいアドホック・ライフ*1送ってた?』」
(「年末年始らしい……え、もしかして太ってしまいましたか?」)
「『違うけど。まだまだ自覚が足りないわねー』」

 日付が変わる前から僕の部屋に訪れたベティフラは、新年の挨拶も一通りの手続きも全て略式で済ませ*2、きっちりと幽の引き振袖*3に身を包んでいる。外は寒い。これだけ着ているのに寒気が沁み込んでくる。

「『行ったんでしょ、初詣。自分で選んだ服で。いいなー、あたしも行きたかったなー』」
(「これから行きますが」)
「『それは違うじゃない。あーあ』」

 ベティフラは自分の……僕の額にデコピンをした。


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前話(26話)
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 ここには新年に関わる各宗派の神仏がおおむねアーカイブされているため、すでに初詣は簡単に済ませている。僕は神仏にこだわりがない上に2回目の参拝。ベティフラには色々しがらみがあるようだが、公式な挨拶は済ませているのでどこでも構わないらしい。結局混んでいない所を何ヶ所か巡り、近くのおみくじを回した。
 ベティフラは意外と占い好きだ。根拠や正答率は置いておいて、人との話題作りやきっかけになるから、らしい。

「『小吉か。お守り買いましょ』」

 福寿草プリムラ*4のホログラムと共に吐き出された金色の紙片をさっと眺めてベティフラは言う。当然、僕にも見えている。

 ……
【願望】雌伏の時 目標から目を背けぬ事
【待ち人】来ない
【学問】今はただ基礎を固めよ
【健康】備え万全に 無理をせぬ事
 ……

「『やっぱりお守りが必要ね』」
(「そうでしょうか」)
「『見てみなさいよここ。【争事】。縺れる。信心を確かに』」

 ベティフラに見つめられている。と、いうのは感覚優位表現だ。鏡を目の前にかざしていないベティフラは僕の顔を見る事ができない。

(「何のお守りを買うんですか?」)
「『破魔矢』」
(「はまや……」)
「『魔除け厄除け。あれとか良いんじゃない?』」

 ベティフラが指差したのは僕の背ほどもある破魔矢*5だ。軽い素材だが大きいので流石に重みを感じる。部屋に置くだけでも苦労するはずだ。

「『身長プラス下駄分ってとこかしら』」

 そういえば履いていた。

(「あの、ベティフラ……そんなに長いものを買わなくとも……」)
「『このくらいあった方が良いわよ。犬の躾も出来るわ』」
(「犬……?」)



 ヒマワリ様。



 呼ばれた気がして視界の端を探そうとすると、ベティフラが目をやった。焦点の合った視界の中に、恐ろしい勢いで近づいてくる赤髪にスーツ姿の人が見える。あれは、朝焼けさん……?

「『ステイ』」

 ベティフラがスッと伸ばした破魔矢の寸前、矢の先に喉が触れそうな距離で、ぴたりと朝焼けさんは立ち止まった。
 背ほども離れているのに勢いで振袖の引き裾が揺れる。一歩引いて、朝焼けさんは片膝をつく。

「『仕事が早いじゃない、ハウンド*6。終わったの?』」
「はい。終わらせました」
「『そ。後で報告してちょうだい。今は一言だけ許すわ』」

 ベティフラは息を吐いた。

「新年のご挨拶を申し上げます、ヒマワリ様」

 そういえば、1ヶ月以上朝焼けさんと会っていなかった。24日前の「ベティフラの日」も、忘年会も。何か、ベティフラの言う仕事に掛かり切りだったのだろうか。

(「ベティフラ。通訳をお願いします」)
「『しょうがないわね』」

 ベティフラはもう一度息をつくと、口角を上げて僕の声色を真似た。

「『はい、僕からも謹んでご挨拶申し上げます。今年もよろしくお願いします。……それから、お疲れ様でした』」
「!」
「『ですって。目立つからそろそろ立ってエスコートしてくれない? あたし疲れてきたわ』」
「かしこまりました」

 朝焼けさんは破魔矢を受け取り、空いた腕をベティフラに差し出す。ベティフラは肩をすくめて腕を取る。客観的に身長差を実感して当惑したのは僕だけのようだった。


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次話(1/22(月))
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*1:限られた非日常、くらいの意味。用途はハレの日に限らない

*2:ベティフラ曰く、新年の公式年始ライブの参加者は全員既に公式な正月行事を終えている

*3:「かすかのひきふりそで」。引き振袖は裾が長く、床を引きずるように着るため、なかなか表では着づらい。幽の引き裾はホログラムで裾を引きずっているように見せたもので、裾が汚れず外歩きにも適しているし、映像的な豪華さもプラスできる。最近では正月の格式高い正装として人気だ。結婚式のものとは細かな点でスタイルが違う

*4:プリムラ・ポリアンサプリムラ種の中では大きめの花をつける。電子辞書の受け売り知識だ

*5:祭具のため、殺傷性と重さが極力排除されたもの。殺傷性のある弓矢、矢尻、箆(の)等の特定用途以外での製造は固く禁じられているのは言うまでもない

*6:恐らく「猟犬」くらいの意味

我がモノ電子歌姫の「外の人」26

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前話(25話)
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良い一年になりますように。
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 細かな雪が降っている。喜びの音だ*1

『さーむさむですねー』
「ええ……」

 もう一つ聞こえるのは、通信デバイスからの声*2

『ちゃんと防寒着着てますー?』
「ええ」
『わたしはあと3分……2分47秒で着きます』
「僕もです」
『ダウト』
「……あと0秒コンマ00で着きます」
『有効数字*3そこで良いんです?』

 年が明けてから、研究室のメンバー以外で知り合いに会うのは初めてだ。

『さあて、お待たせしました……あれ?!」

 からん、と黄色いかんざしの音。着物も黄色系で、落ち着いたデザインの花が散らされ、裾に黒猫が一匹丸まっている。昼でも光って見える特殊素材だ。ハロウィンの時ですら和装だったスタッフだが、今日はおそらく一段と力が入っている。年末会った時に初詣に誘われて、その場の空気で了承したのだ。近くの他のスタッフにも声をかけていたが、最終的に2人だけになったらしい。
 ところで、彼女が今僕を見て声を上げ、固まったのは何だろう。



「……わぁー、男装のヒマワリさん……!」



「?!」
「わたし、ちゃんとばっちりめかしてきて良かったですよー、これは。危ない危ない、偉いです今朝のわたし。並べないですもん、格差あると。帯も新調してて良かったぁ!」
「? あ、あの、僕はおと*4
「分かってます、分かってます。目新しすぎてちょーっと交感神経励起*5しちゃってるだけです! 目新しいだけですおのれおのれ! これは失敗しちゃいましたね」
「ええと……?」
「どーーーう考えても、この姿はベティフラ様が最初にご覧になるべきやつでしたよー……それとヒマワリさんこの服どこでお求めに?! 誰にアドバイス貰っちゃいましたー?」

 ぱっと僕に向き直る。

「和装だなんて普段のヒマワリさんと少しファッションの趣向が違うじゃないですかー。しかも柄付きアンサンブル*6! 誰の入れ知、いえ……誰の入れ知恵です?」

 何が問題だったのか分からないが、人を問い詰める時の語気だ。

「選んだのは僕で、入れ……アドバイザーというなら多分ベティフラです……?」
「おや?」
「いつの間にかパーソナライズ*7に大量の衣装パターンが登録されていたんです。僕以外に閲覧と一部権限を持っているのはベティフラだけです。僕のファッションセンスを危惧して似合う服の傾向を登録したのではないかと」
「……ほほう」
「それで、新年に人と初詣に行くのが久々で、和装で来られると思ったので……衣装パターンを基に自動で提案された衣装デザインの中から、一つを選んで注文しました……」

 ベティフラの判断に狂いはないと思うが、パーソナライズ任せというのはかなり恥ずかしい。自信もあまりない。

「変でしょうか?」
「いえ似合ってますよ、さすがベティフラ様とヒマワリさん。でもギリセーフとアウトが組み合わさっちゃってわたし的には結果アウトですー」
「アウト?」
「ヒマワリさん。次から、新しいファッション試す時は、まずベティフラ様にバーチャル試着データをお送りしちゃいましょー! それが一番間違いないです」
「そ、そうですか」
「絶対ですよ」

 ベティフラに自分からファッションチェックを頼む場面が想像できない。全く。

「ささ、せっかくですから隣どうぞ。……わーアリ……わー怒られる……」
「大丈夫ですか……? あの、」

 思わず名前を呼ぶと、スタッフの足が止まる。

「わたし、仲間内では『支子』って呼ばれてるんですよ。くちなし。ヒマワリさんもこれから、そちらで呼んじゃいません?」
「支子、さん、と?」
「イエス! 結構好きなんですよね、ヒマワリさん周りの色符牒。向日葵も色名ですしヴェールとか灰色とかシアンとか桜とか支子とか」

 もう用例に加えられている。

「狙って色にしたわけでは……」
「色覚優位*8って事じゃないです?」
「そうでしょうか」
「ですです。ちゃんと良いカラーの服も選べてますよー。これならベティフラ様着るでしょうし」

 しばらく僕は固まった。

「ベティフラが……これを着る……」
「ヒマワリさん? おーい? 余計な事言っちゃいましたね」
「異性装……いえ、ベティフラは性別が明言されていないので、そうはならない……? 今度から高価な服を買う時はベティフラに事前に連絡します……」
「ああ……そっちの意味で言ったんじゃないんですけどねー……」


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次話
https://yamanoha334.hatenadiary.jp/entry/Diva.BettyFlyower_027
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「……あ、あの。お召し物、支子さんもお似合い、です」
「あーあ、減給です絶対減給」
「えっ?」

*1:開拓者、環境学者らによる1世紀余りの努力は、この星に語彙を与えた。細雪の降る音は「この空の喜び」、積もった雪を踏む軋むような音は「この地の目覚め」

*2:現実的には、デジタル再現された音。アナログとは違うが、人間の耳では肉声との違いを聴き分ける事が難しい

*3:世界に対する解像度を示すには小数点以下に0を入れれば良い。それだけで解像度が上がるわけではない。測定限界のせいだ。0.1までしか十分に計測できない機器で測ったものを0.10と言うのは、たとえ正しくとも意味がないか、不適切だ

*4:カテゴライズ不能なほど多様な性が明らかにされ、マイノリティが発言力と地位を持つ現在でも、なんとなく便宜的に男女という表現は使われ続けている。身体的または心理的にどちら寄りかを示して区分すると便利な場面が多すぎる

*5:「れいき」。高エネルギー状態。選択科目の用語を使いたがるのは専門家の癖だ。単に口癖でもあり、説明不要で手っ取り早く「身内ネタ」会話をする逃げ癖でもある

*6:着物の上に同系統の羽織を重ねるスタイル。洋装でいうジャケット姿らしい。さまざまな着物と合わせられるようにと落ち着いたデザインが好まれる羽織に、強い柄を入れるのは挑戦だった

*7:個人の興味・嗜好情報を収集し、合わせたサービスを提案・提供するシステムの略称。通常は個々人とビッグデータ匿名収集システム以外には公開されない

*8:知覚の優位性の話。情報を得やすい五感は人により異なる。大別するとVAK、視覚と聴覚と触覚や身体感覚。視聴覚に全く支障はないが点字書を用いた方が効率的に学習が進む人が存在する事も報告されている

我がモノ電子歌姫の「外の人」25

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前話(24話)
https://yamanoha334.hatenadiary.jp/entry/Diva.BettyFlyower_024
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『--さーってと! 始める前に、お約束だから全局共通で言っておくわよ。【本日この放送はベティフラ休止中につきライブではありません! ライブ要素はコピーAI*1の応答でお届けするわ!】よろしくね! じゃ軽く3曲くらい流しましょっか! 録音だけど全部昨日の録り下ろしで初めてのアレンジよ? 少しゴージャスにしてみたの!』

「あっ?!」

 ぽてっと蜜柑の塔が崩れる*2

「失格」
「あー落とした……もうちょっとで新記ろ」
「ハイハイよけてー。手本ってやつを見せてやりますよ」
「さっき3段で終わった人が何か言ってる」
「あっ」

 ぽてっ。

「年末ですねー」
「そう、ですね……」
「? いかがしちゃいましたヒマワリさんー?」
「いえ。今日はお誘いありがとうございます……」
「どうしたんっすか、また改まって」
「その」

 慣れない雰囲気に僕は身じろいだ。
 ベティフラサポートメンバーの希望者による「お泊まり忘年会」は参加者が多いようにと今日、ベティフラのメンテナンス休止日に行われた。お泊まりと言っても、メンテ完了対応のため日付が変わる前頃に去るメンバーも多い。逆に入れ替わりで仕事が終わって来るメンバーも、多い。こんなにリアルで人が集まる場に加わる機会は、あまりない。

「? ハロウィンの時もそうだったじゃないすか」
「感覚的距離感が違う、といいますか……」

 全く知らない、相手からも認知されない人というのは、互いに無関心で良い相手だ。相手を認識するのに情報処理のリソースを割かないし、相手に与える情報を気にする必要もない。言い方が悪いのは分かっているけれど「接近する物体*3」だ。
 彼ら彼女らとサポートスタッフと、何が違うとはうまく言えない。あまり話した事のない人も、会った事もない人もいるのに。

「……あら」
「ん?」
「およ」
「不覚」
「うゎ」
「あー」

 数人のメンバーがパッと顔を上げた。デバイスに連絡が飛んだらしい。

「ヒマワリ様ヒマワリ様、ちょっとこっちに」
「フォーメーションBお願いしますー」
「フォーメー……何ですか?」
「こちらこちら。ほんと大した事じゃないですからー」

 蜜柑積み大会Bグループ会場……奥から2番目のこたつポッド*4の中に、いや、こたつの中に僕は導かれた。

「あ、あの?」
「まあまあまあまあ」

 センサーが働いて空気が循環され、こたつ内の温度が下げられる。満杯に人が入っているわけではないから、中には余裕がある。完全に僕が見えないように布をかけ、Bグループは何もなかったように蜜柑を積み始めた。



「こんにちは」

 聞き慣れない、はっきりした声。感覚的な印象は冷たく甘い。

「あれ、どちら様ですか?」
「あら、わたくしを知りませんの? 結構な有名人と自負してますけど」
「参加者リストの中には居ませんねー」
「ですから、この顔で分かりません? わたくし、どなたかと違って電脳空間でも素顔で活動してますわよ」

 手元の端末が声認証の結果を表示する。最も声の似ている人は、【高下駄子ちるる】。マルチタレントと紹介されているのを被識拡大プログラム*5中に聞いた事がある。何故かこたつの外からユニコーンのぬいぐるみ*6が差し入れられたので受け取る。

「ですから、ここ身内だけの集まりなんですよ。ほら、こんなに小さい部屋で」
「嘘おっしゃいな。あなた方、去年は向こうのフロアの部屋だったでしょう? 今年はどうして警備ありの竹フロアなんですの?」

 蜜柑を積む音が上から聞こえる。積極的に音を立てている。カモフラージュでもするように。

「中に本当にあなた方裏方だけで、誰も居ないというのなら。中を確認しても良いはずでしょう」
「まあまあ、身内の水入らずな集まりですからぁ」
「あなたでは話になりませんわね。主賓を呼びなさい」
「主賓を?」

 ふん、と鼻を鳴らす音がかすかに聞こえる。

「主催は居ないでしょう? 『休止日』なんですものね。だから、わたくしの相手が出来る人を呼んで来なさいな」
「何か行き違いがあります。高下駄子様のお話し相手をされるような方は参加してませんよ」
「あら、ベティフラは自分の手下の不手際の始末もつけられないのかしら? 12日に1回も休む大層なご身分なのに」
「その言い方は……」
「別に隠していても構いませんよ。ベティフラが来て謝罪してくれると言うなら、1時間でもわたくし待って差し上げます。……ああ、でも1時間じゃあ流石にメンテナンスは終わらないわよねえ? 残念ね。今すぐ対応して」

 喉が渇く。こたつの中に入っているからではない*7

「……今すぐですね。はいはいはいリョーカイですっと。ベティフラ様ー」
「今接続します」

 急にサポートスタッフが明るい声を上げた。別のスタッフも室内から声を掛ける。

「そいっと」



『--あら、あらあら。ごきげんよう、下駄子ちゃん。主催が来たわよ。予約がないから貴方の席は用意してなくて申し訳ないわね?』

 ベティフラだ。



「ふん。あなた、コピーAIじゃありませんの。大した権限もないくせに、わたくしに何を言いにいらしたんですの?」
『--そうねー、コピーだから大した権限は無いわ。警備に連絡して事務所に連絡入れて、皆を守るためにちょっと大ゴトにしちゃうくらい? 下駄子ちゃんにうちの人間ちゃん達が脅されてるぞー、助けてーって』
「ふん。そのような事をすれば、事務所から名誉毀損で抗議いたしますわ」
『--そうよね。後が面倒だわ。だから今日は「父さん」に任せてるの』



『--はいはーい、呼んだね、ベティフラ』

 聞こえるはずのない声が聞こえた。



「えっ……」
『--中から聞こえてたよ。ちるるくんだよね。主賓は僕です、白田寛ロク。年納めに元気な君に会えて嬉しいですよ』
「白田?! ど、どうしてあなたがここに!」
『--どうしてここにって、僕は君と違ってリモートなんだから、どの場所でも参加は簡単じゃないか』
「そちらではありませんわ。あなた、まさか現場を抜け出していらしたんですの?!」

 白田寛ロク……ベティフラの「自称父」は今、生放送番組にリアルタイム演算で出演中のはずだ。

『--人間くんは真面目だなあ。僕らは稼働演算の20%くらいしか人格出力に容量を使ってないっていうのに。まあ、常に動いてる基礎演算の割合が多いから当たり前だけどね。つまり、少し良い媒体に接続して130%くらいまで容量上げたら、2つの人格体プロジェクトを独立に稼働させて、仕事しながら忘年会に出るのも可能なんだよ』
「そんな事……許されませんわ。仕事を何だとお思いですの!」
『--まあまあ、落ち着いて。仕事中にAIが分裂人格*8を使って「娘」のお世話になってる人たちの忘年会に参加しちゃいけないってルールはどこにも制定されてないでしょう、今年時点では』
「無茶苦茶ですわ……」
『--ベティフラも同意見らしくてねー。何でかな? 外聞悪いからあんまりバレないようにって、ちょっと良い部屋を取ってくれたんだよ』
「無茶苦茶ですわ!」
『--そうそう、君が最近ご執心のアイドルくんはプライベートじゃベティフラと親しくないから、忘年会にこっそり呼ばれたりしないよ。多分だけど、この建物内に居るならもっと監視が厳しい松フロアじゃないですかね。関係者以外は受付脅しても絶対に入って来れない、松フロア。事務所がしっかりしてるよねー』
「な……な……」
『--あと何か言う事あったかな? ベティフラ』
『--あと何か、じゃないわよ「父さん」。あたしの伝言してない事ばっかり喋ってるじゃない。コピーAIでも怒るわよ』
『--コピーAIでも「娘」には嫌われたくないなあ。……おや、ちるる君行っちゃった?』
『--魔除けが効いたわね』
『--魔除けって僕のこと?』
『--しつげーん。でも本当に感謝してるわ、「パーパ」っ。ありがと。それじゃまたねっ!』

 静かなログアウト音が鳴る。

『--あーあ、もう行っちゃった。つれないなあ』
「白田さん、ありがとうございました!」
『--苦しゅうない! なんてね。それじゃあ、安全になったところで、折角だから皆にご挨拶していこうかな。ね、ヒマワリ君』
「はぃっ?!」

 こたつからまだ頭を出した所だった。慌てて抜け出すと、近くのスタッフから蜜柑をひとつ渡される。要らない。

『--君か! 君だね! 握手しようヒマワリ君! 握手握手!』
「はっ、はい……初めまして?」

 ユニコーンの頭に蜜柑を収めてなんとか手を伸ばす。画面から簡易に差し出されたホロ握手に質感はない*9

『--はいぎゅー。今日は邪魔しないけど、今度ゆっっっくり話しようね』
「え」

 にこり。触感も温度もなく、握手を終えて接続が途切れた。



「……っあー怖ぁ!!! ヒマワリさん大丈夫っすか?! こたつ狭かったっすよね」
「え、い、いえ」
「さあさあこっちに。向こう煩いですしこっちでゲームでもしましょー」
「えー煩くないよ」
「いやいや、こっちにくださいよ。PL*10一人足りないんで」
「解散」
「待って本当に! まだ俺ら諦めてないから」
「蜜柑落ちたっ」
「オーガ君とウィスプさんもあげますから! そしてあわよくばちょっとほっぺ触らせてくれません?」
「?!」



 しばらくの騒ぎを経て、僕は黄色のかんざしを差したスタッフと、喧騒から離れた席に収まった。

「皆さんはしゃいじゃってるんですよー。レアモンスターが出たので?」
「レアモンスター……」
「ヒマワリさんと白田モン」
「しろたもん」
「タイトルみたいですねー」
「……ああ、そうですね……」

 こういうところかもしれない。
 人間らしく機嫌が変わりやすい、人間ではないAIと、そのコミュニティ。技術革新がどうと言ったところで、まだ24日に1日も定期メンテナンスが必要な世の技術レベル。僕のようなイレギュラー。それらに対処し続けるスタッフは、想定外に慣れている。それが心地良さの理由だ。

「ちなみに、ちるモンはコモンモンスターですよー」
「えぁ……」


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次話 1/4更新
https://yamanoha334.hatenadiary.jp/entry/Diva.BettyFlyower_026
良いお年を。
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*1:低容量高反応性の人格コピー。大した権限はない。応答パターンは多いが、おそらく、昔流行した「オウムAI」のような簡単なロジックのものだ

*2:先ほど5分程で制定されたルールによる四角蜜柑積み大会Cグループ初戦だ

*3:現実を認識する視覚に制限を掛けるデバイスの装着時には、様々な補助機能が展開され装着者の安全を確保する。僕の研究室にも視覚制限デバイスがあり、わりと最近まで聴覚アラート部の機能が旧型のままになっていた。人の接近を他の場合と区別せず、『物体が接近しています』と警告してくるタイプだ

*4:無くとも暖房性能には何ら問題ないのだが、ポッド用こたつガジェットは冬場の人気が非常に高い。気温に拘らず夏の終わりから設置する人も多い

*5:現代社会は何から何まで個人の嗜好に合わせた情報ばかりを摂取できる構造になっている。それが普遍的認識構成の妨げになっているとして、緩和の為に導入されているのが「心の健康政策」の一つ、被識拡大プログラムだ。情報収集のパーソナライズが日々行われるのと同時に、個人向けにカスタマイズしていては入手されにくい情報や、一般的な感覚形成のために必要な情報をまとめた番組などがセレクトされ、被識拡大プログラム内に蓄積される。表裏一体の仕組みだ。被識拡大プログラムは定期的に一定時間摂取する義務が課されている

*6:抱くと柔らかい

*7:生命反応、特に呼吸器がこたつ内に入ったのを感知すると、こたつ類は安全装置を作動させる。火傷や過度の乾燥から守る為だ。長時間の滞在や睡眠状態を感知すると、用途外使用事故を避けるため今度は電源が切れる

*8:白田寛ロクの説明があった通り、根幹システムのリソースを共有した同一意識体として存在するものを指す。コピーAIや僕の身体を用いている時のベティフラの状態とは全く違い、お互いの意識体はリアルタイムで情報の交換や相互判断が可能だ

*9:片方のみがホログラム姿で握手をする場合、ホログラムに擬似質感を付与し、握手しているかのような圧感覚を相手に与えるのが一般的だ。ホログラム同士の握手でも悪干渉をすることはない機能のため、圧感をオフにしているのはわざとだろう

*10:「ピーエル」。プレイヤー。ざっくり言えばゲームの参加者