山の端さっど

小説、仮想世界日記、雑談(端の陽の風)

我がモノ電子歌姫の「外の人」30

「『……ね、ヒマワリ、人間の体ってあの揺れ再現無理よね?!』」
(「はい、なので、ライトフットスイッチをアクティブにします」)
「『うっ、こういう、ことっ、出来てるわよね?』」
(「あっ、9番フィンガー外れてます! 次の斜め回転に使います」)
「『えっきゅうばん?! とっ、届かないっ』」

 拡張動作デバイスのフィンガーループを左薬指に引っ掛け損ねたベティフラは、「『あはは、無理』」と保定ベルトに身を委ねて力を抜いた。電脳空間内の僕のアバターは回転に失敗し足をもつれさせて床に倒れている。

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前話(29話)
https://yamanoha334.hatenadiary.jp/entry/Diva.BettyFlyower_029
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 完全AIであり電脳世界で活動するベティフラには人間や動物型の脳波・身体デバイスは使えない。勿論、各入力ポイントへ特定のパターンで電気信号を出力すれば再現は出来るだろうが、それではベティフラが直接自分の人間型アバターを動かすのと同じだ。身体感覚で操作したとは言えない。……らしい。

「『だってベティフラステップ*1が人デバ*2で再現可能になるオプションとレシピなんて、試すしかないじゃない!』」
(「人体の構造上、一応可能には見えますが……」)

 十指と足、膝、肘、肩、背中など様々な箇所にアタッチメントを付け、拡張設定を付与する事で特殊な動きを可能にするものだ。滞空時間を延ばしたり、重心をずらして不可能な動きを可能にしたり。先ほどから何度もチャレンジしているがまだサビに入れない。

「『いえ、でも分かったわ。回転はお腹のセンサーの動作メインに感知するもの、早めに9番起動しときましょ。体幹揺らさなきゃ数秒くらい保たせられるわ。こうやって』」

 ベティフラが動きを試す。身体は同じなのに僕のものとは思えないしなやかな動作だ。使い方次第らしい。

(「あの」)
「『待って。言わなくても分かるわ。そうよね、この次987って連続でフィンガー操作必要だから余裕でここ出来ないと結局この先アウトよねー……』」
(「……」)
「『ふーっ。ねえ、ヒマワリ』」
(「わ、分かりました」)
「『待って、まだあたし言ってないわ、待って。言わせて』」
(「いえ、まだ分かりませんし」)
「『そのセリフ二つだけ拾うと矛盾してるわよ! ……今日でマスターできなかったら、次回もコレやっても、良い?』」
(「分かりました」)
「『即OK出されるとそれはそれで複雑だわ……』」

 ダンスの成果をリアルタイムで確認できるよう、鏡が置いてあるのでベティフラの表情の変化はよく分かる。何かをねだる時に、ベティフラはとんでもない表情をする。……今回は、余計に。

 僕を使う時に歌やダンスやステージに立つ事を一切求めないとベティフラは言ったが、ここまで厳密に約束を守ろうとしているとは思わなかった。申し訳なくされると、困る。
 AIの、いや、ベティフラの判断基準ではオフの日のダンスは抵触するのだろうか。違反までいかずとも、約束がある以上ダンスの練習もさせられないだろうという一般的判断*3に気を遣っているのかもしれない。
 なら、この関係を始めた時に交わした他の約束は、どうベティフラの判断に作用しているだろう。
 ……まさか、あれ*4は気にしているだろうか?

「『……ヒマワリぃ……』」
(「あの、気にしていませんから」)

 返事をしたのにベティフラはしばらくしおらしげな表情を崩さなかった。


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次話
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*1:電子歌姫ベティフラが電脳空間で人間似のアバターを用いて披露する、生身の人間では再現不可能なステップ&ダンス。途方もないので普段考えないようにしているが、今僕の身体を使っているのと同じベティフラだ

*2:人間身体型対応デバイスの意。電脳空間への接続デバイスは当然人間への目的が主なので妙な故障のような気もするが、人間の使用するデバイスは一種類ではない。身体運動をリアルに、あるいは変換・拡張して電脳空間に反映するのが人間身体型対応デバイス。身体運動を必須とせず脳波操作や定型パターンの選択などに特化し好きな体勢で使用可能なものが拡張型脳波対応デバイス、「拡デバ」。拡デバでのベティフラステップ再現は簡単だが、それでは人類の再現という意味では一歩目に過ぎない。……人間とベティフラの共通見解だ

*3:限定品の電子アイテムが欲しかったとして普通はサーバ攻撃でデータを盗むという手段は選択肢から排除する、といった文章の「普通は」に相当するものだ。AI人格基礎ではこの「普通」をいかに正しく組み込むかが重要だと教えられる

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