山の端さっど

小説、仮想世界日記、雑談(端の陽の風)

我がモノ電子歌姫の「外の人」16

『……はーい、お疲れ様でしたっ! これにて今夜のクリーニング大作戦*1終了です! いやー、皆さんが頑張るから予定の倍くらい進んじゃってお兄さん達、とっても楽になっちゃいました!』

 公式開催ボランティアへの参加者は目的や性質がバラバラだ。普段隣り合うことのない人々と交流できるし、拍手のタイミングは合わない。少し離れた画面では、若い学生達がやり遂げた顔でヒソヒソと横を向いて話している*2

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前話(15話)
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『お疲れ様ー。今日もありがとうねー』
「お疲れ様です」
『うん疲れた! 今日は大漁だったねー』

 いつものように灰色さんが話しかけてきたのは、交流時間が始まってからしばらく後だった。聞いたわけでもないのに『ああ実はね』と説明が始まる。不思議な人だ。

『D列ら辺残ってる学生さん達、定着してくれそうだと思うんだよねー。仕掛けに行っちゃった』
「仕掛けに」
『うん。また来てねって』
「……また来てくれると良いですね」
『社会活動評価も上がるしねー』

 ちらりと見た素顔だろうアバターは、僕の在籍する大学では見たことのない顔だ。

『今年のハロウィンも凄かったね。数年ぶりに渋滞規制掛かったし』
「31日は大変だったんでしたっけ……」
『あ、街歩いた?』
「え、はい」
『お兄さんもめっちゃ歩いたよー。警備で』

 31日の総移動距離*3を共有される。歩きと遊歩ポッド以外も含んでいそうな距離だが、それにしても多い。

「僕の10倍くらいですね」
『あははっ』
「10分の1でも筋肉痛になりました」
『お兄さんは優先的に進ませて貰えたり上から見回ったりできるけど、渋滞律速*4でだらだら歩きだと疲れやすいらしいねー。そういえば知ってる? この前面白そうな研究見つけてさー』
「ああ、そちらでしたら僕も軽く読みました。条件がはっきりしてきたら疲労感低減エクササイズにして日常に取り入れられそうですよね」
『そうそう、気になっちゃうよねー』

 灰色さんの画面共有で再確認する。やはり論文や学術会議のトピックを専門外の人にも分かりやすく砕いた表現でまとめてくれるAI要約発信サービスだ。僕も普段からお世話になっている*5

「……あ……」
『どした?』
「あ、いえ、さっきのスクロール前の画面、一瞬ですけど何か気になるトピックのおすすめが出てきた気がして」
『えー、どれだろ。これとか?』
「そー……こではないですね……」

 どくり、と頭から音がした気になる。違う、感覚優位表現だ。何も身体に問題は起きていない。

「……あ、すみません……引用元の論文が次読もうとしていた物だったみたいです」
『ああ、なーるほど! っていうかこの論文参考文献多いねー』
「この分野は先行研究が多いんです……先駆者論文が難解で、補足したり検証したりの研究が多いんですけど。最後のリストにあるのもほとんどそうですね」
『そうなんだ。その原典ってどれ?』
「一番下です……」
『へぇー、ちょっと見てみようかな。って訳で、今日は解散にしよっか。君も読むんでしょ?』
「はい、そのつもりです」
『ん、じゃまたねー』
「お疲れ様です……」



「……すみません、分析班の人をすぐお願いします!」

 通信を切ってすぐ、僕はベティフラサポートスタッフに声を掛けた。灰色さんと関わる時には常にスタッフと繋いで画面も録ってもらっていて本当に良かった。

『分析班ですか? ええと……』
『うふふ。それならあたしがそうですよー。何かありました?』

 声と同時に黄色いアイコン*6が入り込んできた。

「あの、先程の画面をリプレイできますか。論文の、僕が声を掛けて画面を戻してもらった時の」

 勝手に声が震える。

『何見ました?』
「じ、人格パズル」
『うわぁ?』
「……かも、しれません、この閲覧履歴」
『っぽい。分かる。超っぽい。クロですクロ』

 サイドに少し映り込んだ閲覧履歴の一部と、論文内のいくつかの単語に残る、リンクを確認した痕跡。明確な履歴が映ったわけではないが、人間自然心理学を大学の年単位で学んだ事がある人なら、これらから強く連想できる。逆に、そこまで専門で学問全体を広く学んではいない人なら、この文字群から気づかれるとは思わない……はずだ。だから灰色さんもうっかり僕に見せた。

『どのくらい「ピース」提供しちゃいました……?』
「見当もつきません……」
『とりあえず対策担当呼びます。寝てるけど修羅テル*7
「寝っ、あの、それは起きてからでも」
『んんん……ヒマワリさん! この辺りで状況説明お願いします。ヒマワリさんと彼女以外、誰も今のところ分かっていないので!』
「あ、すみません」

 僕は一息ついた。

「人格パズルというのは『人間自然シスパーソナル深層心理分類学帰納的分類法』の事です。すみません、俗称で話してしまって」
『落ち着いてください、まだ素人には分かりません』
「あ……ええと。雑に言います。行動全てをパズルの『ピース』のように考えて、データ化して分析するんです。最終的には深層心理まで考慮した心理モデルに人を分類できるはずで、その人の考えが何もかも分かるようになるはずだという理論と手法です」

 じゃんけんで次に出す手も分かるようになる、と書かれた未査読論文を読んだ事がある。

「実際には理論に欠陥があるので、不正確で観測者の想定に偏った極論になりがちです。デマですが一部の界隈では正しい理論として広まってしまっています*8……一応、正しい心理学をベースにしているので少しは当たるんです。合っている時と間違っている時の区別がつかないのが問題で……」

 かなり雑に言ってしまった。本当はせめてこの論が間違っている事を説明した論文の要約を読んで欲しい*9

『半分聞き流しましたけど、ヒマワリ様は今、警邏職員に事情がバレかけている、or、ヤバい事情があると勘違いされてマークされている訳ですね。変な所に話が広まっていないと良いんですが』
「今のところ宗教勧誘は受けていません」
『ああ、その可能性もありますか。彼が問題を起こした際に交友関係で腹をつつかれるのも困りますね』

 話す間にも各所に連絡を回しているらしい。通知音と打鍵音*10がずっと聞こえる。
 僕のせいだ。サポートスタッフが居てくれるからと、最近は危機感が足りなかった。
 今日だってハロウィンの街歩きをした当事者意識からボランティアに参加しただけで、行かなくても良かった。行くとしても別の街主催のボランティア参加だって良かった。わざわざ接触して、作業の様子まで見せて大量に「ピース」のデータを渡してしまった。

『……まあ、でも大丈夫ですよ』
「?」
『ヒマワリ様が今気づいてくださったお陰で、手遅れになる前に対策が取れます。いや対策してみせますよ。身辺調査ではうまく私達誤魔化されてたようですし、危ないところでした。危険を承知で彼と接触してくれてありがとうございます』
「そ……」

 そんなつもりはなかった、と、どうしても言えなかった。


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次話
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*1:普段の活動名は「クリーニング作戦」。ハロウィン後の公開街電子掲示板整備やデータ整理、アーカイブ化などの作業は普段の倍以上の量で、手っ取り早く評価を上げたい学生の狙い目ボランティアだ

*2:右を向く顔と左を向く顔。秘匿メッセージのやり取りならば顔を画面から背ける必要はない。つまり、隣り合って座り一緒にボランティアに参加していた人に直接話しかけている。……成人すると、ほとんどそんな事をできる機会はない

*3:「歩く」の中に遊歩ポッドなど小型機器での移動も含むのが一般的な感覚だ。歩数だけでは表せない

*4:「りっそく」。科学系の用語で、全体の進行を遅くしている一番の要因の事。ボトルネック。……僕の研究の律速はいつまでも解決しない擬似細胞培養の安定化だ

*5:時々誤った要約をしてしまうが、大抵はすぐに指摘が入り、公開から1時間程度で修正される。修正前の情報が出回って問題になった事もあり、研究室で話す時はせめて「3時間後」を使うのが暗黙のルールだ

*6:この時はしっかり見る余裕が無かったが、和風魔女コスプレの着物の柄だった

*7:阿修羅の心で連絡し続け、起きるまで緊急コール音を鳴らし続ける、の意と推測できる

*8:一方僕らの界隈では「人間不自然心理学」と冗談で呼ばれる

*9:「人格パズル」を科学者が嫌うのは誤った理論だからというだけではない。誤った理論だから、人間自然心理学を広く正しく学ばなくともこの理論単体で「分かったような気になる」からだ。人格パズルでは、多元的な意味を持ち得るはずの様々な行動をパズルのピースのように一義的に捉えて当てはめ、人格パターンの画を作る。そうなると人格の共通点や普遍性ではなく、個々人の性格の特徴や差異を強調して見ていく方法になりやすい。科学的根拠があると謳う悪質宗教や占いの商業戦略とも相性が良い。そもそも60兆パターンDNA誕生日血液型占いと構造は同じだ

*10:慣例的に鍵盤を叩く音と表現するが、今聞こえるのは平らな画面やホログラムキーボードをすり抜けて下の机を叩いているような打面音だ