山の端さっど

小説、仮想世界日記、雑談(端の陽の風)

我がモノ電子歌姫の「外の人」17

 最も優れたAIの証は何だろう。この社会は一つ、その答えを持っている。

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前話(16話)
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「すみません、ここに行きたいんですけど。道教えてもらえませんか?」
「あ、はい。少し複雑ですけど、現在地がここで、上から行くのは難しいです。ここにある入り口から地下に入ってこう……いうルートで進むと、手前のエレベーターまで着きます。良かったらデータどうぞ」
「あぁ……ありがとうございます」
「いいえ」

 道を聞かれやすいのは昔からだ。
 艶めく黒合皮のセットアップの人は背をぴんと伸ばして歩いて行った。大ぶりな朝顔の装飾と髪に一筋、朝焼け色のグラデーションのエクステ。腰に小さく銀色で蔦と片翼の意匠。「黒朝系」の名前で定着したスタイルだ。もはや見かけても動揺もしない。

 さて、僕の行き先は反対方向の地下だ。
 所定の箇所で本人認証を行うと、行き先が指定され直通するよう設定されたエレベーターが開く。座標を容易に特定できないルートで運ばれた先は地下農園だ。

 食を大きく担う地下農園は、国民の持ち回りで責任を持つ義務がある。この街は定住者が多いが担当区分が細切れになっているらしく、回ってくるペースが早い。
 責任といっても、僕らがしなければならない事は少ない。世話をするのは機械と専任職員だ。持ち回りで担当になったら、生産データとこの先数ヶ月の生産計画を確認し、気づいた点や改善案があれば報告をする。任意で農園内の簡単な見回りも出来る。後は承認のサインを済ませれば終わりだ。
 AI技術が広まり、人が考えずとも効率的なシステムは簡単に構築できる。それが最適解なのか、何か大切なものを見落としたシミュレーションで作られていないか。そういった事を考えて、採用するシステムの責任者になるのが人間の仕事だ*1

 ……責任。
 灰色さんは、仕事に責任感を持っているように見えた……。
 
「あっ」

 小さい声が聞こえて、僕は農園奥通路に目を向けた。何かが奥に駆け込んでいく足音が聞こえる。

「?」

 追いかける前に農園のリアルタイム情報を検索する。農園担当者権限で公開されるものだ。区画内動的反応は作業中据付機の他に、ドロイド20体*2と、人間2名。
 見回りの警邏職員なら、警備ドロイドを連れているからドロイドが21体になるはずだ。それ以外の人がどこかに居る。

「……誰か居るんですか?」

 返事はない。折角だ。僕は通行可能通路に踏み出した。

 作物の生育状況を確認できるよう、通路の大体はガラス張りになっている。遠くまでよく見渡せれば良いのだが、植樹や光色を変えているスペースの不透明な壁があちこちにあるせいで実際には遠くが見えない。ただヒント……実質答えのようなものは手元にあった。農園リアルタイム情報だ。
 こういう公共施設は、勝手に鍵を追加できないように物理的にもシステム的にもプロテクトがかかっている。だから、内鍵のない奥の備品置き場の扉は、担当者権限で必ず開く。

「近寄るなっ!」

 明るいのに目が眩む。肩まで伸ばしている髪が首の横で跳ね飛ばされる。
 閃光機能付き、シアンカラーの改造エアガン*3銃口を向けているのは、僕より頭一つ分ほど小さい子だ。

「……分かりました」
「っ……ち、近づいたら」
「近づきません」

 僕はとりあえず、肩から掛けていたカバンと腰をその場に下ろした*4

「なっ……」

 座り込んでしまえば多分、すぐ追い払われることはない。ベティフラから似合わないと言われているが、あぐらもかいてみた。あまり意味はなかったかもしれない。
 室内を見回してみると、大きな古めいた水槽が置かれていた。穏やかにネオンで照らされた中を色鮮やかな魚が泳いでいる。部屋の隅には農場の備品には見えないスーツケースが3つ。どれも正面に魚のような水色のグラフィティ*5デザインが手描きされている。よく見るとエアガンや服にも同じものがプリントされていた。
 ぼんやりとしか知らないが、これは、何かの非行集団のロゴだろうか。そういうチームに属しているなら、改造エアガンを持っているのにも納得がいく。

「……ジロジロ見て、ば、バカにしてんの」

 変声期前。少しもぶれずに構え続けている。撃たれても痛いだけだろうエアガンはあまり怖くないが、手つきが小慣れているのは気になる。

「いいえ。あの、今撃った弾は回収した方が良いと思います。農園内で一度でも見つかったら、大変な騒ぎになりそうです」
「! ……ゲリラプランナーの事、知ってんだ」
「はい」

 そういえば、前に僕が拾ってしまった特定禁止シードボム*6事件の詳細は公には明かされていなかった。プラスチック粒に種が含まれていたことも知られていないはずだ。

「……言っておくけど、俺達そういうのやらないから」
「そういうの」
「テロとか盗みとかぶっ壊すとか犯罪。ここは借りてるだけだし、外に迷惑掛かってないし」

 勝手に地下農園を使うのは犯罪だ。

「……ゲヘナが弱ってるんだ」

 そう言って指差したのは水槽の中の魚だった。

「回復するまで動かせない。だから休ませてる」
「ここしか場所が無かったんですか」
「無かった……あの時は、ここしかなかった」

 僕は水槽を見やる。僕には魚類の病は分からないが、環境は悪くなさそうだ。

「……っだから、あー、黙っててくんない。あと少しだから」
「どのくらいですか」
「今年中には」
「もう一つ。ここへは正規ルートで来れませんよね。どこか通れる別の道があるんですか」
「……聞いてどうすんの」
「農園担当なので」
「何それ。言っとくけど探しても簡単には見つかんないよ」
「あるんですね。計算します。この部屋の環境負荷がどのくらいになるか」

 僕はホログラム画面を広げる。最近やや清掃や経費に負荷がかかっている原因を「ゲヘナ」および秘密ルートの出入りによるものだと仮定してシミュレーションする。計算終了。今年末までならほぼ問題にならないレベルの影響で収まりそうだ。

「良かった」
「な、何が……」
「最近街広報などをよく見るんですが、アーカイブに事例があったんです。地下農園にコモレビノナドリが巣を作ってしまったのですが、巣立ちまで移動しない事にして対処したと。その際に農園機能に手は加えなかったそうなので、この部屋から外に汚染源を何度も持ち出さなければ今のままで問題にならないと思います」
「じゃあ……!」
「その……こういう時って、通報の努力義務があるだけで、通報義務はないはずなので……」

 僕は目を逸らして立ち上がる。努力義務でも堂々と違反したのが露見すれば評価に響くが、そんな事はこの子の前で言えない。
 エアガンを下ろす音がした。

「分かった、信じる。出てって」
「……あの、農園担当者の権限では区域内に居る人間の数と大体の場所を把握できるので、あまりここに来ると気付かれる可能性が」
「知ってる。今日はたまたまこの時間にどうしても来なきゃいけなかっただけで、もう俺行くし」
「そうですか」
「……『夕暮れ5:30には林檎飴が合う』から」
「え」
「ガキ扱いしないの、珍しいからってだけ。じゃ!」

 恥ずかしそうに言って、僕の背を押して備品置き場から追い出した。

「……?」

 僕はそのまま戻り、承認サインを済ませる。帰り際にもう一度見てみると、既に地下の動的人間反応は僕だけになっていた。

 ふっと灰色さんの顔が思い浮かんだ。
 DZ-ノ26番警邏職員、主担当は少年犯罪防止。
 ……また会いづらくなってしまった。

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次話
https://yamanoha334.hatenadiary.jp/entry/Diva.BettyFlyower_018
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*1:ベティフラのような限られた最高度のAI搭載システムにしか、「責任を取る」という難しい仕事は負えない。ベティフラは主催したイベントでの不手際やトラブルがあれば謝罪をし、対応策を講じるし責任を取る。ただ、あまりベティフラにトラブルは起きない。問題が起きないよう責任を持って仕事を管理しているからだろう。きっとベティフラが最善を尽くせば、避けられない電脳空間トラブルは無い

*2:この農園区画は管理に手間のかかる作物を扱っているので、作業用機械の他に常時20体もの農業用ドロイドが配備されている

*3:所持は違法ではないが街条例で禁止されているレベルのものだ。直径たった5mmほどのプラスチック球の弾を用いるタイプのものが多いが、その弾が以前軽度テロ行為に用いられた事もあり、最近規制が厳しい。4話

*4:この施設内は床に汚れひとつないクリーンルームだ。作物に感染する病原菌や汚染源の除去が定期的に行われるし、そもそも区域内に持ち込まないよう、農園担当者の靴や衣服、荷物もスキャンされ洗浄を受ける

*5:壁への主張ある落書きを発端としたストリートアートの事だ。特徴的な歪み方をした文字でできているらしいが僕には読めない

*6:建物を崩壊させる植物の種を仕込んだもの。親植物性の緑化コンクリートにこういう植物が定着して育ってしまうと、コンクリート成分を変質させて根を殺すか土台ごと削り取るしかなくなる