山の端さっど

小説、仮想世界日記、雑談(端の陽の風)

我がモノ電子歌姫の「外の人」10

 体が軽い。今ならベティフラステップ*1にも挑めそうだ。似合わないから実際にはやらない。

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前話(9話)
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「退院おめでとうございます、ヒマワリ様」
「最後までありがとうございました」

 退院日、病室を引き払う時にも「朝焼け色」のSP *2は来てくれた。分かっているけれど、僕は大事な身体だ。退院が次のベティフラの日に十分間に合って良かった。研究室にも早く戻れる。難しい治療をこのスピードで終わらせられるのは、多分この都会でもここだけだ。
 外は晴れ。緑化コンクリート*3も屋上菜園もよく光合成しているだろう。
 こんな日にSPの表情はあまり冴えない。10日近くも会っているから、最初は無表情に見えていた顔の感情が少し読めるようになってきた。僕はベッドの上に荷物をいったん置いて、ちょうど手の空いたSPへ話しかける。

「もう、気にしないでください」
「はい?」

 何も気にしている事などない風に短く聞き返される。僕はそっと笑んだ。

「事故のようなものでした。あなたがすぐに助けて下さって、僕はとても助かりました。それだけで十……」

 言い終わる前にベッド周りのカーテン*4を閉められる。何を、と聞く前に正面から背中に腕を回された。
 顔が服で塞がって何も見えない。襟羽がこめかみに当たる。あ、ああ、きっとカーテンは周りから見えないようにという意図だ。抱きしめているみたいで誤解が生まれそうだから。なら、何のために?

「私は、……罪悪感であなたのお側にいるのではありません」

 そういうつもりではなかった。仕事の一環だからに決まっている。
 罪悪感から必要以上に気を遣っているなら、そこまでしなくて良いと伝えたかっただけだった。

「すみません」

 僕を軽々抱えられる人だから力が強い。首を上向けると、息を呑む音がした。胸部を押さえる面積が半分になって、より深く締め付けられる。代わりに、不安定な物でも掴むように後頭部に手を添えられる。そのまま、顔が見えない位置に首を戻された。

「っ……申し訳ありません、ヒマワリ様」
「す、すみません」

 言葉が被る。僕に至っては2回続けて言っている。口癖だ。何が悪いのか分からない時でも言ってしまう。

「あ、の」

 見てはいけないだろうか。押し付けられたボタンダウンシャツの襟に声を掛けても返事がない。押し殺したような深いため息だけ。
 本格的に二の腕と肺が潰れ始めた。襟足を深く抱えた手から親指がするりと動き、耳*5に触れてくる。

「……あなた様が、こんな目に遭うべきではありませんでした」
「……」
「これからも、遭うべきではありません……もし、可能だったならば……私なら、こんな事を……」

 この人は事件の経緯を多少でも聞かされているのだろう。少なくとも、何からベティフラを守るべきかを。
 この苦しそうな言い方は、多分、憤りだ。

「なら」

 か細い声になってしまった。

「なら、これからも僕たちを助けてください」

 ハッとしたように腕がゆるめられる。僕はもう一度首を持ち上げて、目を合わせた。

「そうしたら心強いです」
「ヒマワリ、様……」

 病室の扉近くをナースが通る音が聞こえて、弾かれたように僕らは離れる。咳払いしたり終わったはずの荷物整理を再開する。何も無かった。微かに残るやけに粘度の高い空気も、カーテンを開ければすぐに換気されていく*6


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次話
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*1:「電子の歌姫」ベティフラがテンポの良い曲を歌う時に好んで踊るステップだ。歌唱を捨てれば人間にもギリギリ再現可能らしい

*2:赤みの強い髪色をしているが、そこから取ったわけではない。いずれにせよ僕がこっそり心の中だけで付けた名だ

*3:病院などの施設外観には特殊な緑化コンクリートが用いられている。専門外なので僕は詳しくないが、薬品汚染に強いとは聞いた事がある

*4:院内は電波干渉を避けるためアナログな仕組みがとにかく多い。プライバシーを保護したいなら半個室や個室にすれば良いだけで、わざわざここをデジタル化する利点もあまり無いらしい

*5:内耳部を処置した際の軽い後遺症を除いて、ほぼ完全に機能を取り戻している

*6:感覚優位表現だ