山の端さっど

小説、仮想世界日記、雑談(端の陽の風)

我がモノ電子歌姫の「外の人」12

 ベティフラのサポートスタッフやSP派遣会社、ドクターとの緊急通信会議は、最近、定期的に行われているらしい。僕が出席するのは初めてだ。席といっても、画面の隅に顔が映るだけ*1

『まずは、先日の件についてです。対応が遅れまたもヒマワリ様にお怪我を負わせてしまった事、社を代表して深く深くお詫び申し上げます』
「い、いえ、大事にならずに済んで良かったです。今度は入院もしていませんし」
『ところで、問題が発生しました。最近SNS等でこちらをご覧になりましたか?』

____________________
前話(11話)
https://yamanoha334.hatenadiary.jp/entry/Diva.BettyFlyower_011
____________________


 しばらく被識制限入院*2をしていたからというのは言い訳だろうか。画面に映し出されるSNSの流行を全く追えていなかった。

「いつの間に、こんな事に……」
『プザ星……リプザードHOSHI*3の影響力は無視できませんね』

 今流行っているのは、黒を基調とした二人組コスだ。とある投稿者がライブハウスで見かけた二人組が「お似合いだった」と詳細を投稿し、それを見たHOSHIがイメージで描き起こしたドローイングが人気になってしまったらしい。デザイナーのスキルが実物以上の魅力を作り出してしまった。
 そこまで斬新なデザインとも思えないが、ポイントは大柄な方の人が小柄な人を姫抱きにしている事だ。
 ……そう。朝顔のレインチェーンもしまえなガ鳥としまえるガ鳥*4もカラフルなベティフラのロゴも描かれている。美化されているが間違いなくベティフラ*5と、今は分割画面の右下で静かに全体を見つめている「朝焼けさん」だ。

『情報源がテキストだったのは幸いでした。体格などの細かな情報は欠落して彼女のイメージで構成され、個人特定には繋がりません。グッズの種類すら違いますね』
『元情報の投稿者もHOSHIの絵に喜びを表すだけで細かな違いを指摘したりはしていない。詳細はすでに覚えていないと楽観視できます。楽観視ですが』
『分析班、同じ意見です。既にデザインとポーズがペア撮りミーム*6化して広まっており、街中でのデートコーデとしても3.6ポイントの有効支持率を獲得。むしろこのまま流行を自然に広げ、噂の形骸化と流行の変遷を待つのが良いのでは? 私見ですが』
『HOSHIの絵は少し厄介ですね。以前も「観光地で出会ったファッション」としてベティフラ様のお姿のイラストを投稿されてます。これはだいぶ荒く、複数人の中の一つなので問題としませんでしたが』

 事前にある程度は情報共有されていたのだろう、意外と話はスムーズに進んでいく。

『こちらで取れる、念のための対応はありますが……』

 ぴたりと話が止まった。右目の端で赤い髪が揺らぐ。
 話の続きは予想がついた。現場SPのこの人と、僕までもが緊急会議に呼ばれたのはそのためだ。

 安全を一番に考えるなら、曖昧とはいえ姿が広まったSPを変えるべきだ。
 ただ、何か即決できない理由がある。メンバー内だけでは判断できず、僕の証言まで必要らしい。

『……ヒマワリ様』
「はい」
『ヒマワリ様の視点からも情報を共有いただきたいのですが、よろしいでしょうか?』
「ええ」
『まず申し上げておきますが、我が社では誰であれ優秀な者の働きは評価します。確かな実績がある者を、他者からの言葉一つで不当に評価することはありません』

 前置きの後、聞かれたのはやはり朝焼けさんの事だった。

「ええと。いつも丁寧に助けていただいていますし、僕から言う事は何も……」
『迷惑だと感じた事は?』
「い、いいえ、とんでもないです」
『……迷惑ではないのですね?』
「は、はい……?」

 妙な空気だ。右下からやや上目遣いの視線が僕に向かっている気がする*7

「あ、の、ただ、丁寧にしていただき過ぎるというか」
『別の者に変えた方が気が休まりますか?』
「いえそういう意味では……ありません」

 責任を感じているらしい朝焼けさんの前でそんな事は言えない。それに対応についてはSPのマニュアルの問題だろう。

『他には?』
「? ……ええと……」
『……いえ、特に無いのでしたら構いません。思い出したものがございましたら、後からでもホットライン*8にご連絡ください。……承知いたしました。それでは、今しばらく同じ者を配置することとします』

 時間切れを告げるように言われた。この場で望まれていたかもしれない一言が僕には出せなかった。

『……では、難しい話は終わりに』
『私どもは引っ込みますので、後は君たちに任せます』

 急に重い空気を切るような明るい声。本当に画面がいくつか閉じて、代わりに何人かログインしてきた。

『はい、前の話終わりましたよね? 俺たちそっちの会議は聞かない決まりなので念のためラグってないか承認お願いしまーす。……はいどうも!』
『ではこれから定例会議始めます』

 続きで何か始まるらしい。僕も出遅れでログアウトしようとすると、『ヒマワリ様、せっかくですのでご覧になっていってください』と止められた。何だろう。

『それでは今回のコンペを開催します。といってもいつも通り、最終的には互いの案に口出しして3パターン案くらいにまとめましょう。テーマはトレッキング、条件は……お分かりですね?』

 画面が一瞬でチーム分けされて並び、目の前に次々とデザインが並んだ。僕くらいの体格の人に合いそうなコーディネートの。SPの分まで描かれたものもある。

「あっ……」
『ヒマワリ様もぜひ、着てみたい・着せてみたいデザインのご希望を仰ってください! 私服と黒ライブコーデに被らないよううまく取り入れてみせますので!』

 ……もはやログアウトできない雰囲気と向けられる視線。その中に、見たこともない表情の朝焼けさんが混ざっていた。


____________________
次話
https://yamanoha334.hatenadiary.jp/entry/Diva.BettyFlyower_013
____________________

*1:今の電脳社会ではバーチャル寄りでも抽象寄りでも好きに凝った集まり方ができる。その中で画面に顔やアバターを映すだけの旧式なミーティング形式が残っている理由はトラブルが起きづらいからだ。匿名参加者のIDや会議内容、会議内で気軽に送られたファイルすら完璧なセキュリティで守れる

*2:ありとあらゆる情報刺激の接種を制限する治療を含む入院。情報端末は当然退院まで没収されていた

*3:3人組トータルコーディネーターチーム「リプザード」のメンバー「HOSHI」。以前ベティフラが僕を使っている時に出会ったが、何も気づかれなかったはずだ。5話

*4:島絵名ガラス工房の公式キャラクター。大きいシマエナガは設定集では体長最低150cm

*5:言い方を変えれば僕

*6:ミームは電子空間・ネットワーク上で急激に広まる流行。流行の理由が分からない、得体の知れないものを指すことが多い。拡散力のある軽い電子ウィルス系もミームと呼ぶことがある

*7:偶然でなければ視線フィードバック機能が働いている。カメラ部分を凝視しなくとも角度や画角を補正し、見ている画面上の視線の先、つまり上役や質問者の方へ正面を向いたように見せて映してくれる機能だ

*8:緊急時や匿名通報時にいつでも無料、高通信、低消費電力ですぐ繋がる連絡先。「ホットライン」は元々一つの宛先にだけ通じる連絡線の事を指したらしいが、特定のアプリに触れて起動するだけですぐ通じるベティフラサポートコールもホットラインと呼べるかもしれない