山の端さっど

小説、仮想世界日記、雑談(端の陽の風)

我がモノ電子歌姫の「外の人」4

前話(3話)
https://yamanoha334.hatenadiary.jp/entry/Diva.BettyFlyower_003
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『--すみません。少し登録情報の確認よろしいですか?』
「はい」

 警備ドロイド*1の質問には急いでいる時以外、断る理由と拒否権がない。特に僕は、IDとデータを提示して照合のための全身スキャンを受けるとすぐ話が済む事が多い*2。昔から人や警備ドロイドには話しかけられやすいので、正直助かっている。

『----本人確認が取れました。ありがとうございます』
「いえ」
『--もう少し、お時間よろしいですね? あなたは無差別調査対象者に選定されています』
「? はい」

 そういった調査を警備の街頭確認と同時に行うのはあまり聞かないが、僕の予定にはしばらく空きがあるとデータ提示したばかりだ。断る理由もない。機密ブラックボックス*3が周囲に素早く展開された。

『--簡単な認識テストです。このテストに正解はありません。不正解もありません。今からいくつかの音声情報を提示します。その情報に対し、連想する言葉や音、あなたの意見等を口頭、または手話、デバイス年話、速記等にて、なるべく早く返答願います。このテスト中一切のあなたの返答および行動はあなた個人の評価には反映されません。』
『--返答方法を選択してください』
「口頭で返答します」
『--口頭ですね。それでは開始します』

 今のところ、よくある認識テストだ*4

『--【○×△△○○○××?】』
「えっと、【地底言語*5】」
『--【君は猫の名にごりえの下には糸】』
「【文豪】」
『--【quertyuiopasdfghjkl】』
「【乱数】……?」
『--【83750691524867515309】』
「【ユーザー番号……何かのソシャゲとかの】」
『--【今何を考えていますか?*6】』
「【街頭で認識テストを行うのは不思議だと……】」
『--【テラドミツゲヘナエクトカルペン】』
「【3が2つ】と……【8】……?」
『--【ポケットの中身はどちらでお求めに?】』
「【L872番地のアンテナショップで2年前に買いました】」
『--【質問は終了です。データ通信中につき今しばらくの待機をお願いします】」
「はい。……あっ、【はい】!」

『--ありがとうございます。今度は本当にテストは終了です』
「はい。……?」

 何だろう。終わったのに機密ブラックボックスが消えない。データ通信中か、エラーが起きたのだろうか。

「あの、何か問題が発生していますか」
『--はい。お手数ですが身体検査へのご協力をお願いします』
「身体検査? はい……」

 先ほど全身をスキャンしたばかりなのに、身体検査をする必要があるしだろうか?

『--これです』

 警備ドロイドは迷わずポケットからプラスチックの小さな球*7を取り出した。

「? ……あっ」

 この前の検査の日に道で拾ったものだ。ポケットの中を空にするのを忘れたまま洗濯し、たまたまポケットに引っかかって残っていたらしい。

「すみません、ゴミを」
『--L872番地のアンテナショップで2年前に買ったのは?』
「こっちの携帯の方です……」

 ……かなり恥ずかしい。

『--これを手に入れたのは?』
「6日前、ビル街の道端で……場所は分かりませんが、ログに立ち止まった記録があると思います……」
『--確認します』

 確認? 拾った場所を?

「あの……説明を」
「やあやあ、お待たせしたねー」

 ブラックボックスが拡張して、一人の警邏職員*8が入ってきた。

「警備ドロイドには権限が無い事例だったから呼ばれて来たよー。ご協力、お疲れ様です」
「お疲れ様です」
「はいはい。君かー」

 と彼は僕でもドロイドでもなく、プラスチックの粒に向かって言う。

「『特定禁止シードボム』って知ってる?」
「え、いいえ」
「これがそれです。即解性の生物分解プラスチックで出来てるでしょ」
「はい」
「中に植物の種が入っててね。石を食う細菌と共生してる。つまり、緑化コンクリートとかにがっちり根付いて、そこから基礎に侵入して、建物を壊しまーす」
「!」
「警備ドロイドが確認してくれて、君が拾っただけなのは分かったからさ。家に根付く前で良かったね」
「……はい……すみません」
「心配すること無いって。ばら撒いた団体はもう捕まってるんだ。もう大半回収したしー、芽が出た段階で判別する方法も分かってるしー、ね。こんな悪質ゲリラプランナーにしてやられるほど僕らの守りは弱くないよ」

 少し語気が強くなったが、彼はすぐに笑みを浮かべた。

「そうだ、これ貰ってよ」

 パンフレットを手渡される。防犯講習会の開催案内だった。

「夜の部には、このアッシュグレーの気の良いお兄さんも出るから、予定が合ったら観てねー」

 パンフレットを見る。アッシュグレーの髪の警邏職員は目の前の彼だけだ。

「ありがとうございます」
「それじゃー、またねー」

 また、が無いことを祈って僕は彼と警備ドロイドを見送る。
 ……ジムに行かないと。ベティフラは次回、また長時間歩く予定だ。
 24日に1度ベティフラの体になる事が決まってから、僕は否応なく体力作りに励んでいる。完全AI *9のベティフラは、人体の体力の限界を超えて動いても、筋肉痛で倒れても、ずっと楽しそうにしている。体力をつけておかないと、翌日の僕は酷いことになる。

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次話
https://yamanoha334.hatenadiary.jp/entry/Diva.BettyFlyower_005
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*1:ドロイドは人型〜準人型のロボットの総称。有名SF映画の呼称が有名。警備ドロイドは警備システムを搭載した巡回型

*2:僕の行動の大半はベティフラの「外の人」としての機能を果たすために制限されている。それ自体は極秘情報だが、外出理由などを聞かれた時に使える「カバーストーリー」が配布されているため、聞かれた際に答えやすい。安全確保と生体状況の把握を目的に普段から行動ログを全て記録しているので証明も容易

*3:ごく短時間、空間、音、光を遮断する黒い箱状のシールドを周囲に展開するもの。主に事件調査等の特殊事例で使用が許可され、展開可能区域が制限されているほか、内部で異変があれば速やかに解除される

*4:人間とAIを見分けられる質問があるとか、名探偵ならば返答相手の心理を読み解けるのだとか、都市伝説がまことしやかに囁かれている形式の認識テスト。返答までに時間を置かず直感で答えるのが精度を上げるコツ

*5:地底人をテーマにした2Dスクロールアクションゲームで使われる言語。○×△に限らず、文字としてシンプルな記号が用いられる。解読はできないらしい

*6:認識テストにトリッキーな質問が混ざるのはよくあることだ

*7:銃を模した玩具に詰めて弾として使うもの

*8:「けいらしょくいん」。警備ドロイドと連携し、所外で活動する人間の警察職員

*9:電子空間での作用を唯一目的として物質的な要素を必要最低限にしか組み込まないAI