山の端さっど

小説、仮想世界日記、雑談(端の陽の風)

我がモノ電子歌姫の「外の人」5

前話(4話)
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 車からひらりと降りたベティフラは、くるりと体を見回した。つまり今使っている僕を。日焼けには気をつけていても透き通るような白さはない。浮き出た骨格は隠さなくては女性らしさ*1を損なう。宇宙まで届く美声を出すこともできない。普通の肉体だ。

「『もう何ともないんでしょうね?』」
(「ええ。あれから24日もありましたから」)
「『……なら良いわ。今日も少し歩くわよ』」
(「少し……」)

 悪戯っぽく微笑むベティフラにあれこれ言うのはやめておこう*2

 レベル「竹」以上の自然保護区には整備車を除き一切の運搬機械を持ち込む事ができない。観光客は皆、区画内専用靴*3に履き替え、歩く。最近ではかなりバリエーションが増えた。

(「ど、どうしてもですか」)
「『どうしてもよ。大丈夫。あんなに練習したじゃない』」
(「でも、新しい場所で……」)
「『関係無いわ。絶対これ』」

 ベティフラはその中で、10cmほどもある高いヒールを選び、履き替えた。

「『ふふっ、背高ーい』」

 ……視界が高い。以前にも家で練習し、他の場所でしばらく歩いたことはあるが、まだ慣れない。爪先が深く締め付けられる。

「『ふふふっ、ふふふ。行くわよヒマワリ!』」

 駆け出しはしない。ヒールだから。
 自然保護区は管理が違う。踏み込んだだけで空気が変わる。軽やかな足音が響く。歩くだけで本物のそよ風が心地良いのが分かる。柔らかに巻いた髪が揺れる。息を吸うだけで遠くの木々の香りが分かる。街では絶対に感じられないものだ*4。ベティフラによく似合う。

 前へ進むのはいつだってベティフラだ。僕はそれを見て、感動を一緒に感じているだけ。
 この場所は、1人のファンとして画面越しにライブを観ていた時と何も変わらない。羨まれるような待遇もない。
 ベティフラの隣に僕はいない。

「『ヒマワリ? まーた余計なこと考えてたでしょ』」
(「声に出てましたか」)
「『出てないわよ。静かだったもの』」

 ベティフラの中には、声色一つで人の感情を暴き出すシステムくらいは当然搭載されているだろう。





(「……あ、ベティフラ、向こうから」)

 30〜40分は散策した頃だろうか。3人連れの観光客が、ベティフラに近づいてきた。

「すみませぇん。お姉さん、あたし達の写真撮ってもらえませんかぁー?」
「『……あら、良いわよ。どこで撮るの?』」
「ありがとぅございますー」
「ここら辺で写りたくてぇ」

 ベティフラの行く先を全て貸切にするのは不可能だ。こういう時には少し離れた所にSPが数人待機している、らしい。
 手渡されたのは幸い、僕が使い方を知っているミニカメラだ。ベティフラに手早く伝える。

「『ねえ、写真撮ってって頼まれること、よくあるの?』」

 カメラを構えながら、かすかな声でベティフラが話しかけてくる。普段の僕のことだろうか。戸惑いながら肯定する。

「『ふーん……』」

 映える画面作りはベティフラの方が知っている。難なく写真に収めた。

「『どうぞー』」
「ありがとうございますぅ」
「あ、お姉さん上手ーい」
「……」
「『どうしたの?』」
「……あっ、いえ、お姉さんキレイだなぁと思って。それプザ星*5のネイルですよねぇ」
「『……ええ。可愛いわよね』」
「えー嬉しっ……あ、あの、凄く似合ってますぅ!」
「あっ、ほんとだぁー。センスあるぅ」
「あ、そうだぁ、お姉さんこの後時間ありますか? 奥のカフェで少し茶りませぇん?」
「『ごめんなさいね、人を待たせてるの』」

 静かに言うベティフラだが、脈が速くなっている。軽食と軽いお喋りだけならベティフラが何か失敗することはなさそうだが、気分ではないらしい。

「あー、それは残念ですぅ」
「ありがとうございましたぁ」
「したぁ」

 手を振って彼女達と別れると、ベティフラは露骨に早歩きになった。ヒールの扱いにはすっかり慣れている。

(「大丈夫ですか」)
「『……無理』」
(「今から戻ります?」)
「『そしたら引き返したところでまた出会うじゃない。このまま奥まで行って車で迎えに来てもらうわ』」
(「……はい」)
「『……あの子、プザ星』」
(「え?」)
「『本人よ。リプザードのHOSHI。一緒に仕事したことあるの。他2人は知らない子だけど』」

 不思議と納得できる。自然保護区の入場料はかなり高い。有名人と出会う確率は道端より少し高いだろう。ベティフラの機嫌が悪くなった理由は分からない。

「『あーあ、ここのカフェ寄りたかったのに』」
(「持ち帰りメニューを誰かに頼んで持ってきてもらうのは?」)
「『そういうのじゃないのよね。べー』」

 ……かなりイライラしている。これはどこかのカフェに入ることになりそうだ。

「『ああいう子は次から相手しないでちょうだい』」
(「はい?」)
「『リプザード、時々問題起こしてるのよね。ヒマワリが関わる事は無いから』」

 見かけた時にベティフラの関係者だと勘違いして話しかけないように、という事らしい。

(「分かりました」)
「『本当に分かってるのかしら』」

 ベティフラはこの後、ずっと不機嫌だった。

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次話
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*1:ディーヴァ・ベティフラは「電子の歌姫」と呼ばれるものの、実は性別の概念がない。元となる人格・人知能もモデルも居ない純粋な完全AIだからだ。しかし、装い、声質、振る舞いなどから女性とされることが多い。僕も「彼女」と呼ぶ

*2:人知能をベースにしていないため、完全AIは人間的な感情に乏しい、とかつては言われていた。定説を覆したのが電子歌姫・ベティフラだ

*3:靴裏などに付着した外来種の種子や汚染物質による区画汚染は強く問題視されている。専用靴を用意する自然保護区は多い

*4:「街の香り」は地域の条例により、ある程度定めることができる。緑化コンクリートの種類や散布剤の香りなどで変わる。僕の今住む街はかすかにプラムを思わせる香りらしい

*5:ステージ監修などで活躍する3人組トータルコーディネーターチーム「リプザード」のメンバー「HOSHI」のこと。顔出しはせずバーチャルアバターで活動しており、アバターの独特なデザインも人気