山の端さっど

小説、仮想世界日記、雑談(端の陽の風)

我がモノ電子歌姫の「外の人」6

前話(5話)
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『……はい、そういうわけでー。今日はいくつか生き物の話をしてきましたが、3つだけおさらいしましょう! 1、こーんな感じの植物*1を見かけたら迷わず通報。このアプリからだと品種確認が出来て、通報すると謝礼も出ちゃいます。2、街内のコモレビノナドリとサザメユキウオ*2個体数が久っしぶりに増加しました! ぱちぱちぱち。3、困った事があったら僕ら警備ドロイドと警邏職員へご相談ください! それでは、平日の夜に皆さんお時間ありがとうございましたー』

 まばらに拍手スタンプが画面を埋める。僕も飛ばす。
 話を終え、画面で笑顔を見せる警邏職員は見覚えのあるアッシュグレーの髪の人だ。成り行きで勧められたオンラインイベントだが、スムーズな進行で固くない内容だからか、楽しい時間だった。

『--ここからは自由交流タイムとなっています。30分後に会場はオフラインとなります』

 アナウンスが流れる。軽い感想をアンケートに残して退出しようとした時、個別音声メッセージが届いた。応答するとそのまま音声会話に移行できるタイプのものだ。

『あ、いつぞやの人だ。来てくれてありがとうねー』

 相手は開催者……あの警邏職員。スタンプを返す。

「今日はお誘いありがとうございました」
『いやいや、僕は自由参加のイベントお知らせしただけだからねー。そうだー、時間あったら、少しお喋りしない?』
「?」
『お兄さんも今仕事終わったから。どう?』

 物言いは穏やかなままだが妙に圧力がある。

「えっと……はい、大丈夫ですが……」
『良かった良かったー。こんな明るくて優しいお兄さんと為になるお得な話がセットなのに、誘ってもなかなか参加者増えなくてさー。来てくれて助かるよー。……あ、今さらだけどお兄さんのこと覚えてる?』
「は、はい」
『うんうん、良かった。今後ともよろしくー』
「は、はい……」

 これは、多分。僕はアプリを一つバックグラウンドで立ち上げる。

『でさー、今日の内容にちょっと関係するんだけど、今度チャリティーフリマ的なイベントあるんだよね。参加費は無料で、ハンドメイドから食品、音楽、出張サービス、システム売買までほんと沢山の出店があってさ。この日だけなんだけど時間空いてたら行ってみない?』

 提示された日は、ベティフラが僕を使う日*3だ。

「すみません、その日は大事な実験が入っていて」
『あ、そうか、君院生だっけ。たしか名前が凄く長い人間工学系*4の』
「はい。検索すると似た名前の学科が世界中でヒットしますよ*5
『あー、あはは。そっかー』
「……?」
『残念。今日来てくれたからこっちももしかしたらと思ったんだけどなー』
「えっと、仕事じゃないんですよね? 今って」
『うん! フリマもうち主催じゃないしね。現地に直接行くつもりだったから、一緒に見に行ける相手居ないかなって思ってさー』

 ……直接会場に赴くイベントというのは、ほぼ初対面の人を誘う内容としてはかなり強気だ。この性格だと、既にこの会場の何人かには声をかけているだろう。

『君が最初だよ』
「はい?」
『聞かれたような気がして』

 何をだろう。

『あ、じゃあこれ。もう一つだけ超お薦めなのがあってさ』
「……もしかして、休日はいつも外出するタイプですか……?」
『なんで分かったの? あ、でも、公園とか映画館行くだけって日もあるから毎日じゃないかー、うん』
「う……」
『えー、怖がんないでよ』

 楽しそうに笑われても困る。毎日必ず家から出るのが当たり前の人なんて初めてだ。ベティフラだって家でのんびりしていくだけの日があるのに。
 そして、きっと間違いない。探られている。

『なかなかこういうのに若い人参加してくれないからさ、あわよくば常連になってくれないかなって。で、常連になってもらうにはお兄さんと仲良くなってもらうのが一番だ! と思ってね。だから今度お兄さんの奢りで飯行かない?』
「えと」
『それじゃこうしよう。美術館とカラオケと川下りとeスポーツとライブハウスだったらどれ行きたい?』
「そ……の中だと、美術館ですけど」
『うんうん、トリックアートとか不思議体験系興味ある? 再来月末まで近くの街美*6で特別展やってるんだよね』

 再来月。一日も空いている日がない、とは言いづらくなってしまった。

『超行きたいんだけど一人で回るのなんか寂しくてさ。静かにはするけどー、面白いの見た時目配せとかスタンプとかしたいじゃん?』
「ああ……」

 その時頷いてしまったのは、ベティフラを思い出してしまったからかもしれない。ベティフラはよく話す。暇があれば僕に話しかけるし、僕の言葉を聞きたがるし、返事がなければ怒ってしまう。彼女に応え、振り回されて、ずっと話しながら過ごすのは……楽しい。

『ね! じゃさ、もうそろそろ行かなきゃだから、日程は後で決めよっか』

 SNSのアドレスが送られてきてしまう。僕はなんとか表情を保って連絡先を交換した。

『あ、何か困った事があった時も、時間外とか気にせずに連絡してねー。じゃ、また!』
「お疲れ様です……」

 やっと連絡が切れる。僕は画面から目を逸らしてベッドに倒れた。

『……お疲れ様です。問題なく対応できていましたよ』
「はい……」
『彼は、先日のDZ-ノ26番警邏職員*7ですね。我々の方でも気を付けておきます』
「お願いします……」
『その言葉は不要です。ベティフラ様と我々の為ですから。後ほど予定を調整しましょう』
「はい……」
『それから、差し出がましいようですが、今日はお疲れのようです。早くお休みになってくださいね。良い夜を』

 こちらの通信も切れる。
 ベティフラの事で困った事態になりそうな時は、24時間連絡のつくサポートスタッフへ連絡する事になっている。今回はその場での介入無しで収まって良かった。

 警備ドロイドだ。あの時、僕の予定を確認した上で、関わっていないか調査のため確認テストを行なった。多分。
 完璧に偽装された予定に問題はなくとも、僕の反応に緊張や嘘の予兆が見えたかもしれない。シードボムの事以外で何か隠していると診断されたかもしれない。そのログを彼が確認していたら、僕に探りを入れる理由になる。

 ……寝よう。

 警邏職員DZ-ノ26番。今日のイベント告知テキストによれば、主担当は警備ドロイドと連携しての警邏、少年犯罪の防止。

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次話
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*1:つい先日、僕が警備システムに迷惑をかけてしまった原因となる植物だ。繁殖力と構造物破壊によるバイオテロ目的でばら撒かれたらしいが、公式には環境破壊に繋がる外来種として穏便に処理するらしい。この場での説明も詳しく経緯を伝えるものではなかった

*2:両方とも環境指標生物と呼ばれ、かなり高水準の緑浄化環境でしか生息できない生物らしい

*3:正直なところ、他に端的な表現が思いつかない

*4:厳密には基礎サイバニクス系

*5:40文字以上の学科や研究室は今や珍しくない。研究分野が細分化され過ぎて本質を見失っているという指摘も多い

*6:街美術館。大抵は比較的小さな美術館で、箱庭芸術ブームで十数年前大量に増えたらしい

*7:公共職員には職務番号がつけられ、個人名を出すべきでない・出したくない場では基本的に番号で呼ばれる。漫画「DJ-七77」のような偏った番号は実際には割り振られる事がないらしい