灰色さん*1に久しぶりに会ったのは、年末最後のボランティア活動でだった。
「やあ、久しぶり。最近急に寒くなったねー。お兄さん毎日これ言ってるけど」
「僕も言ってます」
「あはは」
冬の似合う人だ。冬景色も白い吐息も着こなしてしまう*2。
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前話(58話)
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今晩の活動は街のあちこちに設置されたコンポストの回収だ。街清掃ドロイドの集めたものや些細な事で生まれるゴミを集め、分別して
「今日は来てくれて助かったよ。この時期やっぱりボランティア少なくて」
「年末ですしね」
「それにほら」
灰色さんの指の先を見て「ああ」と僕は曖昧に言った。知っている。今日はベティフラ史前の歌姫、ガフ・マコット*3の「復活」を祝したパレードが電脳世界で行われる日だ。あちこちのモニターがその様子を映し出していた。
随分な騒ぎだけれど、まだガフは起動すらしていない(ことになっている)。
活動再開が決定されたのが10月の半ば。旧モデルをベティフラ新式に置き換えるのには慎重を期して半年ほど掛かるそうだから、早くとも4月の末のはずだ。
人格コアシステムの置き換えは、成功率が高まったとはいえ難しい技術だ。以前にも失敗により不可逆的に多くのメモリが消失する事例があった*4。
「うまくいって欲しいですね」
「パレードが?」
「いえ、ええと」
言葉に迷って、アッシュグレーの髪をぼんやりと見る。白田さんから聞かなければそうは思わなかっただろうけれど、ガフ・マコットを思わせる色の一つだ。
「だからって訳じゃないよ、これは」
……読まれた。いや、僕が分かりやすすぎた。材料を買い込んでバターケーキを作るようなものだ*5。
「好きなんだよね。カッコよくて可愛いのが」
「灰色がですか?」
「ガフも」
そうか、とぼんやり思う。僕にとってのベティフラのように、だろうか。
「パレードに参加しなくて良かったんですか」
「そうだね、そんなに残念じゃないかな。お兄さん仕事も君も大好きだし」
目の前を雪がちらつき始めた。
「……年末にボランティアに来てくれるから?」
「……そうそう。僕優しい子だーい好き」
「天職ですね」
「そうだね」
息が白む。ドロイドの背から小さな箱を受け取って空のコンポストをセットすると、「Thank You」の電子メッセージがすっと流れた。
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*1:DZ-ノ26警邏職員
*2:「景色を着こなす」という表現が広く一般に流行し出したのはいつだろう。知らないけれど、以前教授の手伝いで授業のアシスタントをしていた時を思い出す。人文系の学生が電子アイドルの演出における「ステージの着こなし」文化を研究していると言っていた。電子歌姫ベティフラが言った事で広まった言葉だ
*3:52話、54話
*4:現在のAGI社会では解決できない問題だ。高次層ブルーブレイン半導体は既存のメモリや処理容量の限界を超えて人格コアごとに大量の情報を圧縮する事が出来るが、別媒体へのデータ移行に関してはいくぶん脆弱性がある。微小データの移行に関しては安全な手法があるが、最適化されていない人格コアデータを変換しながら移行するとなると、理論上欠損を避けられない
*5:13話。ベティフラのファンというサイン。それもかなりコアなファンだ