山の端さっど

小説、仮想世界日記、雑談(端の陽の風)

我がモノ電子歌姫の「外の人」2

前話(1話)
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 雨が続いている。アスファルトでひたすらに跳ねて、這うような湿気を生む雨。僕の髪は枕に貼り付いている。

(「ごめんなさい……」)
「『分かってる、から、ゴホッ、』」

 世紀の電子歌姫、ディーヴァ・ベティフラにこんな声を出させてしまうのは、きっと僕だけだ。
 喉の心配は要らない。この身体は、24日に1日だけ、ベティフラが電子データではなく人間として活動できるようにするための僕の身体だから。

 だから今の僕は、強く伝えようと念じるとベティフラにだけは言葉が伝わるが、他には何もしない状態だ*1。身体を動かすのは、全てベティフラがやっている。

 3日前にローコン通雨*2に降られた僕は、体調を崩して深く寝込んでいた。感冒*3 合併症を引き起こしたらしい。ぼうっとしていてあまりドクターの説明を覚えていない。

 ……3日もあれば治せたでしょう、だろうか。


「『何か、言った?』」

 ベティフラの言葉に、僕は心の中で否定を告げ、近くに座るドクターは「いいえ、何も」と肩をすくめた。

「その喉は喋れば喋るほど痛みますよ」
「『知ってる』」

 小さく答えて口を閉ざしたベティフラは、間違いなく痛みを知っている。僕も知っている。かなり痛い。

「今日は外出も過度な運動もできません」

 ベティフラはノーメイクの顔で頷く。こめかみを汗がするっと流れる。

「食事もゼリーだけです」

 しつこい、と言いたげにもう一度頷く。ずっとベティフラがその表情をするから、身体につられて僕までそんな気分になりそうになる。

「……本当にあと10時間、このまま過ごされるんですか?」

 でも本当にしつこい。僕の体に接続してから10回以上は確認している。
 一度ベティフラがイエスと答えたら、簡単に変えることはしない。誰でも知っていることだ。昨年夏のホラー映画体験シリーズ*4も、あれだけ嫌がっていたのに全てやり通した*5

 ベティフラは、24日に一度、必ず僕の体を使う。
 必ずだ。僕が動けない日でも。

「……何か、言われましたか」
「『何か、って?』」
「彼はあなたに電気信号で擬似的に話しかける事ができます。私達にはそれを観測できませんが、もし不快なことを言われ」
「『帰って!』」
「ですが……」
「『ゴホッ、はぁ、あー、うぅ……帰って……いつもの時間、に、迎えに来る、まで、誰も、よこさない、で』」
「ベティフラ様!」
「『大丈夫……それ、より、あんたが、いると、落ち着か、ないの……二人だけの、方が、いい……』」
「……」
「『早く。あたしの、声、聞こえてん、でしょ?』」
「…………失礼しました。何かありましたら、すぐご連絡ください」



 ドアが閉まったのを確認して、ベティフラは「『ふーっ』」と弱った肺活量ギリギリの深い息をつく。

(「良かった、んですか」)
「『良いのよ、あいつはね』」

 ベティフラは喉を使わず囁いた。どんな小さな声でも、口を動かすだけでも僕には聞き取れる。自分の体だから。

「『もうすぐ、あたしの担当じゃなくなるから、駄々こねてるだけ』」
「え?」
「『だって、あたしからあたしの物、取り上げようなんて。酷いじゃない』」
(「っ……」)

 ベッドの中で、指が太ももに触れる。昔、薬が体質に合わず、大きく腫れて残った黒く丸い痕と、その周辺の引き攣れたような痕をなぞる。

 ベティフラがベティフラの体に自分で触れているだけだ。僕の体が僕に触れているだけ。何も、おかしいことは、ない……

「『ね、ヒマワリ』」
(「……は、い」)
「『明日、ラジオ聴いて。どうせ、まだ、治んないでしょ』」
(「はい……」)

 僕の返事を聞いて、ベティフラは深い咳をした。
 明日の日本語圏ラジオテーマは知っている。全国的にハイコン*6の雨が降るから、「おうちの中でゆっくり聴きたい」曲やメッセージ、企画を届けてくれるらしい。ベティフラが僕に聞かせたいなら、今から流すこともできる。

「『今はだーめ。でも、ちゃんと聴くこと。約束よ?』」
(「必ず聴きます」)

 ベティフラの息が次第に規則的になってゆくのを聴きながら、身体より先に、静かに僕は眠りにつく。

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次話
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*1:正確には、僕が喋ろうとするとベティフラにその信号が言葉として伝わる。接続中は僕が直接話すことはできない

*2:去年のランキング入り雑学書『我が国の気象学の専門家にはなぜワードセンスが無いのか』で散々ネタにされている「ローコン通雨」。汚染物質が微量に含まれる夕立、スコール、天気雨のこと。お笑い芸人コンビ「ノーコンツーウェイ」の命名の元ネタ

*3:「かんぼう」。古めかしい言い方をすると「風邪」

*4:ホラー映画の舞台をバーチャル空間に完全再現し、アバター状態のベティフラが恐怖を体験する企画。ベティフラの苦手ジャンルの名作が多く選ばれた

*5:ベティフラは歌唱以外にもバーチャル空間からのコンタクトで出来うる活動を幅広く行う。電子存在の強みで、複数の活動を同時に行うことも可能だ。故に、12日に1回の非活動日にもライブコンテンツ以外はかなり配信されている。ラジオ配信に至っては活動当初から1秒も途切れることなく今も続いている

*6:ローコンの逆。汚染性の高い、の意。雨質改善政策の効果が出るまでには10年以上かかると予想されている